続・祈りの巫女66
 ランドに黙って聞くように言われたからだけじゃなくて、あたしはもう口を挟むことができなくなってしまっていた。ランドの話は今まであたしが1度も聞いたことのない話で、だから理解するだけで精一杯だったの。
「北カザムってのは、寒いところが好きでな。冬から春にかけてはこの村の近くでも見られるんだが、夏が近づくと北の山の上の方に移動しちまう。しかも、春と秋に抜け毛の時期があって、毛皮の質が変わっちまうんだ。だから、北カザムの夏毛皮ってのは希少価値が高くて、冬毛皮の3倍くらいの値段がつくんだ。同じ北カザムを1頭狩るなら、誰だって夏毛皮の方が効率がいいことは判るよな。そこでオレたち狩人はみんな、毎年夏になると何日か村を離れて、北カザムの群れを追って北の山に入るんだ。……前置きが長くなっちまったが、要するにリョウも、今年は北カザムを追うことにしたんだと思うぜ。あいつもとうとう本気になったってことだ」
 そう、ランドが言葉を切って、テーブルの上のお茶を一気に飲み干した。あたしも1口お茶をいただいて、お茶と一緒に何とか話を飲み込むことができた。狩人は、毎年夏になると北の山に北カザムを狩りに行くんだ。リョウは今まで1度も行ったことがなかった。もしかしたらリョウは、あたしと毎日話をするために、今まで山へ行かなかったの?
「ランド、ランドも毎年行ってるの?」
「だいたい行ってるかな。んまあ、ヒヨッコの頃はそれどころじゃなかったが、リョウの年頃にはもう行ってたぜ。それだけじゃないぞユーナ。狩人の仕事は獣の都合でコロコロ変わるんだ。 ―― ミイ、オレは先月何日くらいおまえと夕飯食ってた?」
 ランドがそうミイに聞くと、ミイはちょっと顔を上げただけで答えた。
「さあ、10日もなかったかしらね。ランドが他の村にもう1つ家族を作ってたって、あたしはぜんぜん驚かないわ」
「とまあ、狩人はこんな風に奥さんにやきもちをやかせることもあるって訳だ。ユーナもリョウと結婚する気があるなら、少しは慣れるんだな。1日や2日帰ってこないくらいでそんなに騒ぐなよ。リョウに恥をかかせることになるんだぞ」
  ―― すごくショックだった。リョウは、あたしと毎日話をするって、ただそれだけのためにすごくたくさんの仕事を犠牲にしてきたんだ。リョウはあたしに毎日話をしてくれたけど、北カザムの毛皮のことも、夜中にする狩があるってことも、何も教えてくれなかった。あたしはそんなことさえ教えてもらえなかったんだ。