続・祈りの巫女58
 朝食をはさんで、あたしはまた日課の物語を読み始めた。セーラの物語はもう終わりに近づいていた。17歳になったセーラのもとに、ある日災厄が訪れる。北の連山の中腹にある湖から、大きな怪物が姿をあらわしたの。
 永い眠りから目覚めた怪物は村を襲って、不運な村人が何人か怪物の餌食になってしまった。村の人たちは神殿のある東の山まで逃げてきて、神殿までの道はジムたちきこりが中心になって山から切り出した木材を使って封鎖した。怪物はたった1頭なのに、小さな人間の力ではどうすることもできなかったんだ。セーラは昼も夜もなく必死で祈りを捧げた。村を、災厄から救うために。
 命の巫女が怪物を村から追い払うために志願者を集めて、その中には神官のアサもいた。セーラのためにアサは自ら怪物と戦って、その戦いで命を落としてしまったの。アサはずっとセーラに恋をしていて、でもアサの恋は最期まで報われなかったんだ。物語を読みながらあたしは涙が止まらなかった。そしてセーラも、アサの死に、初めて大切な人が死んでしまうことの悲しみを知ったんだ。
 物語の中、セーラの心の描写には、アサに対する想いがたくさん綴られていた。その描写は最愛の人を亡くした時に匹敵するもので、あたしはセーラがジムではなくアサに恋をしていたような錯覚に陥っていた。まるで、セーラがアサを追って死んでしまいそうな風にも思えたの。どうしてなのか判らなかった。だって、セーラが恋をしていたのは、間違いなくジムの方だったんだもん。
 この物語は祈りの巫女の物語だったから、命の巫女が怪物をどう退治したのか、そのあたりの詳しいことは書かれてはいなかった。ジムは村のみんなを守ることだけに力を尽くして、祈りの巫女であるセーラはずっと祈ることで戦いを続けて、やがて怪物が再び湖の中へ沈むのとほぼ同時にセーラも力尽きてしまう。そんなセーラの亡骸をジムは一晩中抱きしめていた。セーラが、心安らかに眠れるように。
 この日、あたしは丸1日をかけて、長かったセーラの物語を読み終えることができた。セーラと一緒に怒ったり、悲しんだり、まるで自分がセーラになってしまったかのように物語の中に入り込んだ。最後もすごく感動的で、ジムがセーラを抱きしめているところではやっぱり涙が出てきちゃったけど……。でも、なぜかあたしにはどうしても納得できなかったの。アサが死んだ時にどうしてセーラはあんなに泣いたのか。最後にどうしてジムがセーラを抱きしめたのか。
 セーラの日記には、このあたりのことがいったいどんな風に書いてあるんだろう。カーヤに夕食に呼ばれて生返事を返しながら、あたしはタキにぜったいセーラの日記を読ませてもらおうって、そう決心していた。