続・祈りの巫女50
 できるだけ早くそこから遠ざかりたかった。だけど家の外は真っ暗で、目に涙がにじんでて、なかなか思うようには進めなかった。リョウが、あたしのために作ってくれた手すりのついた階段。その階段を途中まで上がった時、いきなりうしろから腕を掴まれて心臓が止まるかと思ったの。
「ユーナ、待って!」
 リョウの声だった。あたしは掴まれた手を引き離そうと少し腕を振りながら再び走り始めようとしたけど、リョウの力は強くて、いつの間にか両方の腕をうしろから掴まれていたの。
「逃げないでくれ、ユーナ。頼むから。……ユーナごめん。オレ、酒に酔ってて、少しおかしくなってた。ユーナにあんなこと言うつもりぜんぜんなかった。本当なんだ。……これからもっと優しくする。今までよりもっと優しくなるから。お願いだユーナ。オレのこと怖がらないでくれ。優しい人になるから。もっと優しい人になるから……」
 あたしは、リョウの声を聞きながら、しだいに心が落ち着いてくるのを感じた。途中からは逃げるのもやめていた。背中を向けたあたしには見えなかったけど、リョウはあたしの両腕を握ったまま、その場に膝をついてしまったみたい。まるで、あたしに土下座しているみたいに。
 今初めて、リョウがどんな人なのか、本当に判ったような気がする。だからあたしは、もうリョウを怖いとは思わなかった。そのまま、あたしはリョウを振り返らなかった。リョウが今どんな表情でいるのか、想像ができてしまったから。
「……優しい人じゃなくてもいいよ」
 あたしの言葉を聞いて、リョウが顔を上げて息を飲む気配がした。
「さっきはごめんなさい。あたし、リョウがいつもと違うからびっくりしたの。でも、ずっと一緒にいて、時々リョウが怒った顔を見たら、たぶん慣れちゃうと思うわ。それどころかきっと、あたしもたくさん言い返して、大喧嘩ができると思う。あたしはリョウのことが大好きだから、ちょっとくらい喧嘩しても嫌いになんかならないもん。……あたしは怖くないから、優しい人じゃなくても大丈夫よ」
 いつの間にか、リョウはあたしの両腕を掴むのをやめて、立ち上がっていた。