続・祈りの巫女49
 真っ暗になった坂道を駆け下りている間、あたしは自分で自分の心が判らなかった。自分が何を考えているのかも。ただ、あんな風に泣いているカーヤを見るのが初めてで、傷ついたカーヤの泣き声が耳について、あたしの心の中から離れなかった。
 リョウの家のドアを勢いよく開けた。リョウは食卓に座っていて、あたしを見ると驚いて目を丸くした。
「リョウ! カーヤを泣かせないでよ!」
 テーブルの上にはお酒の瓶と杯。その杯を握ったままリョウは動きを止めた。
「カーヤはあたしの友達ですごくいい子なんだから! 料理が上手ですごく優しいんだから! どうしてカーヤじゃダメなの? どうしてカーヤを泣かせるのよ!」
 そう、リョウに怒鳴りつけている自分の声を聞いて、初めてあたしは自分が泣いていることに気付いた。目の前が涙で曇ってしまって、あたしは両手でにじんだ涙をぬぐった。そうしてもう1度リョウを見る。
 リョウの様子が変わっていた。あたしがあまり見たことのない、本気で怒ったような表情をして、あたしを睨みつけていた。こんなリョウを1度だけ見たことがあった。あの時だ。あたしが、禁じられた森の中で沼にはまった時、差し伸べられたリョウの手を拒んだあの時1度だけ見せた、リョウが本気で怒った顔。
 息が止まるくらい怖かった。いつもリョウは優しくて、あたしはリョウの微笑んだ顔しか知らないから。それなのにあたしはずっと、訳もなくリョウを怖いと思っていたの。いつも優しかったリョウを、なんとなく怖いと思っていたの。
 これが、本当のリョウ? あの優しさの向こうには、こんなに怖いリョウがいたの……?
「ユーナ、おまえ、自分がなにを言ってるか、判ってて言ってるのか?」
 あたし、本気でリョウを怒らせたんだ。こんなにリョウが怖くなるくらい、優しかったリョウがこんなに変わってしまうくらい。
「オレにどうしろって言うんだよ。カーヤがどんなにいい子だって、好きでもない女と付き合えるわけないだろ。オレにあれ以上の何ができるって言うんだ! オレがどうすればおまえの気が済むんだよ!」
 怖くて、あたしはいつの間にか、リョウの家を飛び出していた。