続・祈りの巫女31
「あたしの家では両親が畑を作ってて、物心ついた頃には畑が遊び場だったの。畑ってね、植物がにぎやかにおしゃべりしてて、すごく楽しいのよ。お天気の話から始まって、土の中の栄養がどうとか、向こうの方で害虫が出たとか。いま根っ子の近くをミミズが通って気持ち悪かったーなんてことも言うのよ」
 カーヤの話を聞きながら、あたしは自分の世界観が変わっていくのを感じていた。あたしは何も知らないんだ。カーヤはあたしとはぜんぜん違う世界を見てるんだ。
「あとで聞いたら、母さまにも植物の声が聞こえるんだって。兄と弟が2人いるんだけど、弟の1人はやっぱり聞こえるみたい。声が聞こえちゃうとね、どうしても言う通りにしてあげたいと思うの。皮の剥き方も、切り方も、煮込む時間も。1番おいしく料理して食べてあげたいんだわ。……ユーナには聞こえないでしょう? だから野菜の言う通りに切ってあげることはどうやったってできないのよ」
 あたしは無言で手の中のジャガイモを見つめた。カーヤには今、この子の声が聞こえてるんだ。でもあたしがいくら見つめても、ジャガイモはただのジャガイモで、この子が何を言いたいのかなんて判らなかった。カーヤの料理がいつもおいしいのって、野菜の言う通りに料理してあげてるからだったんだ。
「カーヤ、この子、怖がってるの?」
 あたしがジャガイモをカーヤに手渡しながら言うと、カーヤは嬉しそうににっこり笑った。
「怖がってないわ。ただ、ちょっと寂しそうだった。カーヤに切ってもらえたらもっとおいしくなれるのに、って」
「食べられることが怖いんじゃないの?」
「野菜はね、人が種をまいて、周りの草を取って、肥料をあげて、それで大きくなるの。だから食べてもらうことで恩返しをするのよ。あたしはできるだけおいしく料理してあげることで、野菜にありがとうって言うの」
 野菜は、人が育てて、食べる。どうして野菜が人に感謝するの? 人が野菜を育てるのは、野菜を食べたいからなのに。
「カーヤ、人は野菜を食べるために育てるのよ。どうして野菜は人を恨まないの? 育ててくれてありがとうって言うの?」
 あたしが言ったことに、カーヤは少しだけ悲しそうな笑顔を見せた。