祈りの巫女35
「ユーナ、歩けるか?」
 しばらくあたしが落ち着くのを待ってくれたんだろう。だいぶ時間がたってから、リョウは言った。あたしは膝ががくがく震えて、冷たい水の中にいたせいで身体も冷え切っていたから、ゆっくり慎重に立ち上がった。
「大丈夫みたい。歩けそう」
「全身泥だらけだな。ベイクの家で身体を洗ってもらおう」
 リョウはそう言って、あたしの背中を押して歩き始めようとした。ベイクはマイラと夫婦で、森のすぐ近くに住んでいる。その2人は、あたしが死なせたシュウの両親だったんだ。
「ちょっと待って、あたし、マイラにどんな顔で会ったらいいかわかんない」
「そんなの、時間が経てば経つほど判らなくなるよ。そのままの顔で会えばいいって」
 そう言ってリョウは半ば強引にあたしを歩かせ始めたから、あたしは考えている暇もなくて、冷えて動かなくなった身体で必死にリョウについていくしかなかった。自分の足元を見ながら、両方の足を交互に動かすことだけに集中していた。そうしてしばらく歩きつづけているうちに、いつの間にかマイラの家の前まできていた。
 リョウはそこで足を止めて、家のドアをノックした。
「ベイク、マイラ、いたら出てきて。ユーナが見つかったんだ」
 リョウのその言葉であたしは、みんながあたしのことを探してくれていたのだと知った。ドアはすぐに開いて、マイラが姿を見せた。マイラを見た瞬間、あたしはまた涙が出そうになって、でもそれを何とかこらえて言った。
「マイラ、ごめんなさい。シュウを死なせてしまってごめんなさい。シュウを忘れててごめんなさい。あたし、シュウのことが大好きだった……」
 マイラは泥だらけのあたしの姿と、あたしの言葉にしばらく絶句していた。でも、やがていつもの悲しそうな微笑を見せて、言った。
「そう、シュウを思い出してくれたの。……ユーナ、シュウを思い出してくれてありがとう。シュウを大好きだって言ってくれて」
 今度こそ、あたしは涙を止めることができなかった。