祈りの巫女34
「ユーナ!」
 リョウは少しの間、あたしがどこにいるのか判らなかったみたいだった。その頃あたしはもう首の近くまで泥の中に埋まっていて、たぶん顔は泥だらけで、沼の泥とほとんど区別がつかなかっただろうから。でも、すぐに気付いて近寄ってきた。リョウの表情は、今まであたしが見たことがないくらい顔面蒼白で、余裕がないはずのあたしですら不思議に感じたくらいだった。
「ユーナ! さ、早く手を伸ばして、つかまって!」
 リョウの手が差し出された時、あたしはその手に、死んでしまったシュウの姿を重ねていた。
「いや! シュウは死んじゃったもん。あたし、リョウを死なせたくないもん!」
「ユーナ……思い出したのか?」
 リョウは知ってたんだ。……そうか、リョウがこの森で約束していた友達って、シュウのことだったんだ。たぶんあの日は、シュウがこの沼で死んでしまった、その日だったんだ。
 みんな、ずっとあたしに内緒にしてきたんだ。シュウが生まれたこと、シュウが生きてたこと。あたしが思い出さないように。
「あたしなんかを助けるためにリョウにまで死んで欲しくないもん!」
 リョウは、あたしが初めて見る、本気で怒ったような表情をした。
「馬鹿にするなよユーナ。シュウは子供だったけど、オレは大人だ。ユーナひとり助けるくらいで死ぬわけないだろ。わかったらさっさと手を伸ばせ! あんまり手間をかけさせるな」
 なんか、あたしはそのリョウの勢いに押されてしまって、おずおずと手を伸ばした。リョウは泥の中からあたしの手を探し当てると、手首と袖口を同時に引っ張りながら、あたしを沼の中から引きずり出した。リョウの腕は力強くて、助けられたあたしの方がすごくあっけなく感じたくらいだった。そんな表情でリョウを見上げると、やっと、リョウは微笑んで言った。
「なんにしても間に合ってよかった。……シュウ、まだユーナはおまえのところへ行くには早いだろ?」
 その微笑みは、いつものリョウとはほんの少しだけ違って見えた。