祈りの巫女31
 お夕飯の仕度を手伝って、そろそろ父さまが帰ってくる時間が近づいていた。あたしはその間もずっと、森のことを忘れようと思っていた。でも、お手伝いをしながらも、あたしの頭の中から森は離れてくれなかった。あたりは暗くなりかけていた。
 我慢できなくなって、食器をテーブルに並べた時、あたしはとうとう母さまに言っていた。
「母さま、あたし、出かけてくる」
「もう父さまが帰ってくるわ。どこへ行くの?」
「んとね、リョウのところ」
「……そう、気をつけてね」
 母さまは、あたしがリョウのところへ行くのは止めたりしない。嘘をついてしまったのがちょっと後ろめたかったけど、そんな気持ちを振り払うように、あたしは夜道を駈けていった。
 夕暮れ時の森は薄暗くて、あたしはやっぱり怖かった。マイラの家の裏側を回りこんで、誰にも見つからないように森に入った。入ってすぐに、もっと明るい時間にくればよかったって後悔した。でも、もうここまで来ちゃったんだもん。いまさら帰ることもできなかったから、怖い気持ちを押し殺して、あたしは森の奥深く入っていった。
 風に揺れる葉ずれの音がちょっと無気味で、暗くてよく見えない足元が不安で、あたしはゆっくりと道を辿りながら、この間リョウが座っていたあたりまで入り込んでいた。そこは少し森が途切れたようになっていて、もう少し先に何かが見えた。よく見るとそれは、あの時リョウが持っていた花束だった。もしかしたらマイラの花束だったのかもしれない。どちらの花束なのかは判らなかったけど、2人が会いにきた男の子が、あそこに忘れていったのかもしれないと思った。
 あたしはさらに歩みを進めて、その花束のところまで行こうとした。そうして、途中まで歩いた時だった。急にあたしは足を取られて、下に落ちるような感じになったのだ。