祈りの巫女30
 小さな頃に行っちゃいけないって言われたから森が怖いんだろうってマイラは言ったけど、あたしは少し違う気がしていた。だって、あたしは小さな頃母さまに、料理の火に近づいちゃいけないって言われたけど、今はぜんぜん怖いと思わないから。あ、でも、あたしはいつの間にか火を使って、火がそれほど怖くないんだってことが判った。もう一度あの森に行って、森がそれほど怖くないことが判ったら、あたしは森を怖いと思わなくなるかもしれない。
 森が怖くなくなったら、あたしは少しだけ大人に近づけるかもしれない。リョウにも近づけるかもしれない。1度家に戻ってしばらく考えた。やっぱり森はすごく怖かったけど、でもあたしは行ってみなければならないんだ。
「母さま、ちょっと出かけてくる」
「どこへ行くの?」
「マイラの家のね、向こう側にある森。暗くならないうちに帰ってくるから」
「……ちょっと待ってユーナ。どうして突然森に行こうと思うの?」
 母さまの顔から笑顔が消えていた。あたしはちょっとびっくりして、でも、母さまには正直に、今の気持ちを話した。
「あのね、あたし、あの森が怖いの。他の森は怖くないのにあの森だけ怖いの。あたしは儀式を受けたら祈りの巫女で、もう子供じゃないの。だから、いつまでも子供みたいに、森が怖いとおかしいの」
 なんだか上手に話せなかった。もしかしたら、母さまにはあたしの気持ちが伝わらなかったのかもしれない。
「ユーナ、あの森は危険なのよ。ひとりで行くのは危ないわ。今日どうしても行かなければならないの?」
「そんなことはないけど……」
「だったら、父さまとも相談して、今度ゆっくりみんなで行かない? 父さまと母さまと、オミも一緒に」
 母さまは言葉では反対しなかったけれど、あたしを森に行かせたくないみたいだった。