蜘蛛の旋律・141/最終回
 オレは、野草ほど小説が上手じゃない。オレの下位世界も野草ほど詳細じゃないから、現実世界に実体化しているのも黒澤弥生ただ1人だ。だけど、これから先小説を書き続けていけば、いずれはオレも野草のようになれるだろう。すべてのキャラクターを実体化させて、風景を変え、歴史を変えることができるだろう。
 実はオレは、葛城達也たちに神に祭り上げられたことを、それほど怒ってはいなかった。生きているものは誰だって、自分が生きるために最善を尽くそうとする。子供を作って自分の遺伝子を残そうとすることもその1つだ。それは生きているものの本能で、野草のキャラクター達はより生き物に近い存在だっただけなんだ。
 彼らは、オレの記憶の中に、野草が作り上げた自分のイメージという遺伝子を植え付けた。そのイメージはオレが持つイメージと結合して、オレが書く新たな小説の中に誕生する。もしかしたらそんな彼らはオリジナルの彼らとは違うものなのかもしれない。だけど、彼らは間違いなく野草のイメージを受け継いだ、言ってみればキャラクターの子供たちなのだ。
 オレは、オレが世界を変えることを恐れてはいない。小説が風景を変えることを、むしろ楽しいと思う。そのあたりがオレと野草の違いなのだろう。少なくともオレは、野草と同じ理由で自殺を選ぶことのない、野草よりも強靭な精神を持った神なのだ。

 もしも、キャラクターがすべて実体化するくらいにオレの下位世界が育ったら、そのときは本物の『蜘蛛の旋律』を書いてみようと思う。
 人類のほとんどが死滅するほどの災害と、その1000年後に繰り広げられる新しい文明の世界。果たしてそれは実現するのだろうか。それとも、オレが死んでオレの下位世界が消滅した瞬間、世界はすべて元に戻るのだろうか。
 楽しみにしていようと思う。
 小説を書くことで、オレが本物の神になり、再びシーラに出会えるその瞬間を。