蜘蛛の旋律・140
 黒澤弥生はオレを、野草に代わる新しい神に仕立てるために、野草の下位世界に召喚したのではないだろうか。
 野草を救うためには役立たずでも、野草の小説を好きでシーラに恋までしていたオレは、野草の物語を受け継ぐには好都合だったはずだ。今まで自分の小説を書いたことはないけれど、ほかの人間の小説になら山ほど触れてきた。多少の不安はあっても、まったく小説に興味がない人間よりは、小説を書いてくれそうな気がする。あとはどうやってオレをその気にさせるかだ。キャラクター達はそれぞれ方法を考えて、シーラが取った手段が、オレに恋を仕掛けることだったんだ。
 万が一にも野草がオレに説得されないように、彼らはオレに真意を悟られないよう注意しながら、小説『蜘蛛の旋律』の存在を隠してきた。片桐信が言った「お前達は本当は既に目的を果たしたんだろ?」という言葉の意味は、「お前達は巳神信市に自分の存在を印象付けることに成功したんだろ?」というようなものだったんだろう。確かにオレは、小説を読んだ時よりも更に明確に、彼らを自分のイメージとして取り込んでいた。そのあとアフルと武士に倒されていったキャラクターもそうだった。たとえ操られていたとしても、実物を見てその姿を目に焼き付けたことで、オレの中のイメージはより明確になっていったのだ。
 葛城達也は、野草と一緒に死にたかったんじゃない。自ら命を絶ってまで自分を殺そうとした野草に復讐しようとしたのだ。
 オレは、そんなあさましいキャラクター達の、新たな神に選ばれた生け贄だったんだ。

「 ―― へえ、不思議な話だね。でもおもしろそうだから書いてみたいな。みんな今まで書いたことがあるキャラばっかりだから、新しく人物設定しなくてもよさそうだし」
 黒澤がその気になっていたから、次回作はこれに決まりそうだった。オレが生み出した、オレのキャラクター。黒澤弥生の運命は、オレが握っているのだ。
「それで? タイトルはどうしようか」
「『蜘蛛の旋律』でいいだろ。意味もよく判らないし、どこかおどろおどろしくてピッタリだと思うぜ」
 こうして、なにも知らない黒澤弥生によって、オレの『蜘蛛の旋律』は動き始めた。