蜘蛛の旋律・138
「メルマガ連載はしばらく休むのか?」
「さすがに疲れたからね。年末年始は仕事も忙しいから、来年頭くらいまではお休みすると思う。今回転勤した職場、前のところの3倍は忙しいんだ」
 黒澤は普通に仕事も持ってたし、オレと知り合ってからも適当に恋愛もしていた。オレは黒澤をかわいいと思うけど、それは自分のキャラクターに対する情みたいなもので、恋愛感情じゃなかった。黒澤もそのあたりは察していたんだろう。彼氏ができたといっては浮かれてオレに話してきたし、ふられたといってはオレに怒りの電話をかけてきた。
 オレもいくつか恋をした。だけど、シーラのような女の子には、未だに出会うことができなかった。
「1ヶ月は休むのか。……次回作、考えてるのか?」
 黒澤はちょっと考えるようにしていた。迷ってるのは判ってる。オレ自身がまだ結論を出してないからだ。
「書きたい小説はあるんだよね。途中のまま放り出してる『シャーマンの祈り』も書き上げたいし、『地這いの一族』の続編も書きたいしね。でも、『シャーマン〜』は長いからできれば避けたいんだ。『地這い〜』はやたら暗くなりそうだし」
「だったらさ、オレが主人公の小説、書いてみないか?」
 黒澤はきょとんとしてオレを見上げた。初めてだったからだ。オレが、黒澤の小説にアイデアめいたものを出したのが。
「オレと、お前が出てくる小説。高校生のオレが主人公なんだ。……昔、オレの部活仲間に野草薫って女の子がいてさ。その子は内気なんだけど、すごく小説が上手だった。もうちょっとあったかい頃だったかな。その子が事故に遭って、生死を彷徨う彼女の夢の中に、オレは紛れ込んじまったんだ ―― 」
 真剣な表情で、黒澤はオレの話す物語を聞いていた。病院に現われたアフルストーンと名乗る少年。シーラという美人の女。オレは黒澤に話しながら、自分があの時体験したその不思議な一夜を詳細に思い出していた。
 あの時は判らなかったことが、今なら判る気がする。10年が経った今、あの時のアフルの不可解な行動も、シーラの恋の理由も、片桐信の不思議な言葉の意味も、すべて解き明かせた気がするのだ。