蜘蛛の旋律・133
 生活が日常に戻って、野草の下位世界の影響を受けていた景色も正常化して、オレ自身の記憶も徐々に薄れていった。あの夜の出来事を何度も繰り返し辿っていたけれど、結論が出る訳でもなくて、オレもショックから立ち直りつつあった。オレは野草を救えなかった。もっと時間があったら、オレに知識があったら、何か解決策を考えられたかもしれない。だけどそれもすべて過去のことだった。今のオレがいくら考えたところで、死んだ野草を生き返らせることはできないのだ。
 さすがのオレも考えることに飽きてしまったから、気分転換のつもりで手近な本に手を伸ばした。 ―― 『蜘蛛の旋律』。あの日、野草と本屋に行って、やっとの思いで手に入れた最期の本。
 心を落ち着けて、オレは『蜘蛛の旋律』を読み始めた。

 物語の舞台は、今から約1000年後の架空の都市を設定している。
 1000年前(というからほぼ現代だ)、地球に未曾有の災害が起こり、地球上に生息する人間のほとんどが死滅した。
 何とか生き延びることのできた僅かな人間たちは、それから1000年をかけて、それまでとはまったく違った経路で文明を発達させてゆく。
 その発展の中心になったのが、のちにミュー=ファイアと呼ばれる1人の男だ。
 災害後数100年を生きたとされるミュー=ファイアは、その世界では伝説となり、神と呼ばれている。
 この世界ではヒトゲノムは完全に解析され、人間の性別は4つに分類されている。
 本来男性とされる性別を更に2つに分けてMY型、MX型とし、女性はFY型、FX型とされた。
 そして、その4つの性別が同型でさえなければ、互いに婚姻することが可能なのだ。
 物語は3人の人間を中心に描かれている。
 それぞれMY型、MX型、FY型で、オレの感覚では男性2人に女性1人。
 でも、全員が異性で、この『蜘蛛の旋律』という小説は、3人の異性の恋愛物語だったのだ。