蜘蛛の旋律・121
「薫!」
 そのシーラの声を皮切りに、今まで無言で成り行きを見ていた野草のキャラクター達が、次々に野草の名前を呼んだ。片桐信の声も聞こえる。オレは振り返ることはしないで、野草の様子をじっと見守っていた。
 野草はゆっくりと身体を起こして、顔を上げる。最初に目に入ったらしいシーラを見て、声を出さずに口の中だけでシーラの名前を呼ぶと、視線を移動させてオレの存在を確認した。野草はオレとは目を合わせず、周囲のキャラクターをひと通り見回す。そこまでの動作を見守ったあと、オレは野草に声をかけていた。
「野草」
 その声を聞いたとたん、野草は再び葛城達也の胸にしがみついたのだ。
「達也……!」
 野草は明らかに怯えていた。正直驚いた。今まで野草がオレに対して怯えるような仕草を見せたことはなかったから。
「ああ、傍にいる。俺はずっとお前の傍にいるぞ」
「怖いよ。眠りたい。達也、早くあたしを眠らせてよ」
 遮ったのはシーラだった。
「待って、薫! 巳神がきてるんだよ。巳神が薫と話したいって、わざわざ来てくれたんだ。話を聞いてよ。このまま死ぬなんて言わないでよ!」
 野草は少しだけしがみつく腕の力を緩めたように見えたけど、顔を上げることはしなかった。
「野草、オレはお前の話を聞きに来たんだ。……話してくれないか? お前が思ってること、ぜんぶ」
「そんな奴に話すことはねえぞ。お前の気持ちを判るのは俺だけだ。俺が傍にいる。現実のことなんか忘れちまえ」
「巳神と話して薫! 巳神は薫のことを判ってくれるよ。巳神は、薫のことを本気で助けたいと思ってるんだ」
 野草はその誰の声にも反応しないように、ただ、葛城達也にしがみついているだけだった。