蜘蛛の旋律・119
 オレたちの行動に、葛城達也は低い笑いで答えていた。
「俺は薫を殺してえんだよ。薫が死ねば、薫は俺のものだ。俺は神を手に入れることができるんだ」
 葛城達也は、死ぬことのない化け物だった。自分が死ぬことができないから、人の命を簡単に奪うこともできる。葛城達也は死に魅力を感じている。もしかしたらこいつは野草を殺すことで自分が死にたいのかもしれない。
 そうだ。野草のキャラクターの中には、葛城達也がいたんだ。自分の死にあこがれ、他人を殺しつづける冷血漢が。
 そして、この男こそが、野草が最も愛したキャラクターだったんだ。
「野草を眠らせておいて手に入れるも何もないだろ! お前も野草のキャラクターなら、オレと戦えよ。オレとお前のどっちを野草が選ぶのか、正々堂々証明してみろよ」
 オレは、焦ってはいたのだけれど、なぜか葛城達也を恐れてはいなかった。この男はオレを殺せる。指の1本も動かさず、眉の1つも動かさずに、ほんの少し能力を発揮するだけでいとも簡単にオレの心臓を止めることだってできるんだ。
 だけどオレは、この男に恐怖を感じることはなかったんだ。たぶんさっき巫女が言っていたことがあてはまるのだろう。恐怖の感情は、理解できないものに対して生まれるのだということ。
 オレは、葛城達也を理解していたんだ。野草の小説にたびたび登場して、物語をかき回してゆく脇役。主人公達は葛城達也をあらゆる角度から分析して、物語の中でオレに教えてくれた。その異常さも、生い立ちも、何を考え何を楽しんでいたのかも。オレは小説を読むことで、葛城達也を理解していたのだ。
 野草の詳細な設定と描写が、今オレを助けている。葛城達也がオレを殺さないと判る。奴は奴の人生をおもしろがらせてくれる人間は殺さないんだ。奴の退屈を紛らわすことができるオレを、葛城達也は殺すことができない筈だ。
「薫がお前を選ぶとでもいうのかよ」
「選ぶかもしれないだろ。そんな可能性を残したまま野草が死んでも、お前は神を手に入れたことにはならねえよ」
 他人に負けることが嫌いな葛城達也ならぜったいに乗ってくる。オレにはその確信があった。