蜘蛛の旋律・115
「誰も薫を理解できない。理解できないから恐怖する。人間の恐怖という感情は、理解できないものに対して生まれるものだからだ。理解してしまえばそんな恐怖はなくなるのだけど、薫を理解して恐怖を克服しようと思う人間は、薫の周りにはいなかったんだ。……でもね、薫の視点から見れば、それは普通のことだったんだ。薫は理解されないのが普通で、人に怖がられるのが普通で、話し掛けてもらえないのが普通だった。ほかの人間たちが互いにコミュニケーションを取っているのは知ってるから、自分は特別なのだと思っていた。特別なのが自分で、人に特別視されることが、薫の唯一の自己主張でもあったんだ」
 巫女の話を、オレは黙って聞いていることしかできなかった。……オレ以外の人間であれば、巫女の話を理解できたのかもしれない。野草に対する恐怖の感情を持っていた誰かであったなら。
「中にはおせっかいな人間もいて、友達のいない薫に近づいて「付き合ってあげる」気分に浸っていた人間もいたけどね。そういう人はぜったいに薫を理解できないから、すぐに離れていった。
 そんな時、薫はあなたに会ったんだ。薫をまったく恐れず、対等な立場で薫を評価して、薫を「普通の人間」として扱ったあなたにね」
 巫女は、静かな口調で話していたのだけれど、この時まっすぐにオレを見た。
 オレはゾッとした。巫女の目には、明らかに片桐信と同じ憎悪が混じっていたのだから。
 確かにオレは野草を特別とは思わなかった。だけど、それがなぜ憎悪になるんだ? オレはいったい何が悪かったんだ?
「巳神には判らないね。薫があなたの存在でどれだけ戸惑って、世界を崩されて、自分を見失ったのか。嬉しい、って気持ちはあったんだ。だけど、自分を特別視しない人間は、それまで薫の唯一の自己主張だった「特別」という価値観を、根底から崩してしまったんだ。……もしもね、巳神が薫だけに対等だったのなら、薫の「特別」は守られていたと思う。でも、巳神は薫だけに対等だったんじゃなかった。誰にでも対等で、薫は巳神の中にある人間関係のひとつにしか過ぎなかった。……苦しかったんだ。薫にとっては、既に巳神は特別になってしまっていたから」
 ……なぜ、オレが彼らに憎悪を向けられるのか。なぜ、黒澤弥生がオレを召喚したのか。
 彼らにとって、オレは野草の世界を壊している張本人だったのだ。