蜘蛛の旋律・114
 アフルは目を見開いたまま成り行きを見守っている。このアフルが、オレには一番理解できない。表立って邪魔をすることはなかったけれど、野草を救いたいと口にし、その通り行動してもいたのに、アフルの反応は言葉や行動とは微妙にずれていたのだ。だけどオレにはアフルを問い詰めるだけの時間も心の余裕もなかった。すぐに巫女がオレに話し始めたから。
「巳神、あなたは薫が変わった女の子だと思う?」
 いきなりそう訊ねられて、オレは戸惑ってもいたのだけれど、この期に及んで何を隠すこともないだろうと開き直った。確かに野草は少し変わってると思う。内気なのは間違いないけれど、それだけじゃなくて、小説の中でのものの考え方とかも。
「んまあ、一般的な高校生の女の子とはちょっと違うとは思うけど」
「巳神はせいぜいその程度なんだよね。普通の女の子とはちょっと違うけど、自分の方から付き合い方を変えなければならないほどじゃない。……だけどさ、巳神以外の人間が見ると、薫はかなり異色で、近寄りがたい人間に見えるんだ」
 そうか? 確かに少し変わってはいるけど、近寄りがたいとか異色とか、そんな風にはオレには思えなかったけど。
 ……ああ、だけど、オレは文芸部のメンバーに言われたことがあるんだ。「よく野草と普通に話せるな」って。そいつが野草を怖がってるようにも見えて、オレは不思議だった。そいつにそう言われたからって、オレの野草を見る目が変わることはなかったけど。
「薫は子供の頃からすごく異色で、怖がられてて、誰も薫と友達になろうとはしなかったんだ。薫に声をかけることもしなかった。大人も子供も、母親ですら、薫を恐れていたんだ。薫も周りのそんな空気を敏感に感じててね。もともと内気で敏感な子供だったから、薫の方から積極的に声をかけることもなかった。そんな薫が空想にはまっていったのは判るよね。空想の友達を持って、空想の日常と空想の人間関係を築いていって、やがて小説を書くようになったのは」
 巫女の言うことは、なんとなく判るような気はした。日常で他人と関われなければ、満たされない人間関係を自分の中に求めるしかないだろう。空想の友達を作るだろうことは判る。やがてその空想が小説を書くという行為に発展していったのだろうということも。
「薫は自分の空想の友達をより現実に近づけるために、周りの人間たちを観察し始めた。その観察という視点が、より周囲の人間の恐怖を増長させていったんだ。あなたに会うまで、薫の周りには、薫を恐れる人間しかいなかったんだよ」