蜘蛛の旋律・113
 巫女に視線を移したとき、隣に立っていたシーラをも目にすることになった。シーラはしっかりと唇を結んで、自分と戦っているような表情でじっと耐えていた。シーラはおそらく一瞬でも早く野草に会うことを望んでいる。崩壊していく世界から野草を救いたくて、野草を救うことで世界を取り戻したくて。
 ドアの前に立ちはだかる片桐信が、オレたちの最後の関門だった。
「こいつが薫の気持ちを判るはずがない」
 片桐の言葉に反論したいことは多かったのだけど、オレは何も言わずに成り行きを見守った。片桐の中では、オレが知らずに野草を傷つけてきたのは事実なのだ。今、オレが野草を救いたいと思っていることをどれだけ語ったところで、この男は信じないだろう。
「少なくとも巳神は判ろうとしてるよ。そのくらいは信じてもいいんじゃないのか?」
「オレには薫でないものを信じることなんかできねえよ」
「私はすべてを信じろなんて言わない。ただ、巳神の可能性を信じて欲しいんだ。巳神は薫じゃない。だから、薫である私たちにはできないことが、巳神にはできるかもしれないんだ。
 葛城達也があなたに何を言ったのか、私は知ってる。だけど、その言葉にあなたが納得しているとは、私には思えないんだ。……巳神が持ってる可能性に賭けてみることはできないか?」
 オレには、巫女が言う葛城達也の言葉などもちろん判らなかったけれど、巫女の言葉が少しずつ片桐の心を溶かしていったことだけは、手に取るように判った。片桐の心の動きがオレには判る。片桐は外見だけではなくて、思考パターンもオレによく似ていたんだ。
 片桐はこの時初めて、自分の死を認めたのだと思う。野草を道連れにする死ではなくて、自分だけの死というものを。
「……巫女、あんたの話の方がオレより通じそうだ」
 片桐の言葉はまわりくどくはあったのだけど、巫女の意見を了承していた。