蜘蛛の旋律・111
「信、その言い方では巳神君には判らないよ」
 アフルが口をはさんだから、オレと片桐の間の緊張状態は少しだけ緩和されていた。
「僕達の常識は巳神君には通じないんだ。言いたいことがあるなら、ぜんぶ順を追って話してあげないと」
 まるでオレに常識がないような言い方だった。たぶん以前オレに説明を求められた時の煩わしかった記憶を覚えているんだろう。オレに言わせれば、アフルやシーラの方がよほど非常識だったのだけど。
 片桐はむちゃくちゃ面倒な出来事に出会った時のようなため息をついた。
「アフル、こいつは自分がどれだけ残酷なことをしたのか、それも判ってないっていうのか?」
「まったく判ってないね。たぶん、説明してもぜったい判らないと思う」
「……だったら話しても意味はないな」
 残酷、って……。オレはいったい野草に何をしたんだ? オレが野草に声をかけて、何か残酷なことを言ったのなら、オレがそれを知らないままでいられる訳ないじゃないか! もしもそれが野草の自殺願望の一端を担ったのなら、オレが心から謝らなければ野草を救うことなんかできないじゃないか!
「ちょっと待てよ! ちゃんとオレに話してくれ! オレは何をしたんだ? いつ、オレは野草が傷つくようなことを言ったんだ?」
 オレの言葉に振り返ったアフルは、諦めたような、少し悲しそうな表情をしていた。
「別に傷つくようなことも言ってないし、巳神君は悪くないよ。ぜんぶ薫の心の問題なんだ」
「違うな。お前が薫を傷つけた。悪いのはお前だ。薫は悪くない」
 アフルと片桐の言葉は真っ向から反発していて、オレにはどちらが正しいのか判らなくなってしまっていた。
「……頼む、教えてくれ。誰が悪いんでもいい。そのときに野草に何が起こったのか、それを教えてくれないか」
 2人の意見は反発していたけれど、オレに事実を語ることをためらう気持ちだけは違わないようだった。