蜘蛛の旋律・109
 虚無が迫ってくるスピードは、アフルの自宅近くなどとは比べものにならなかった。半径が狭まれば当然速度も速くなる。あまり長い時間ここにこうしている訳にはいかないようだった。
「そろそろ行くぞ。未子、大丈夫か」
「今更私を心配する必要はないよ。ここまできたら死ぬか生きるか2つに1つだからね」
「アフル」
「僕も大丈夫。延髄の一部を破壊してるだけだからね、たいした力は使ってない」
「シーラは」
「……大丈夫。早く薫のところに行きたいだけ」
 武士はオレには何も訊かず、全員の先頭に立って職員室を出る。……まあ、確かにオレは校舎に入ってからは何もしていないのと同じなのだけど。
 再び3階に続く階段を上がると、既に攻防が始まろうとしていた。葛城達也の側近の三杉に如月。突破して更に進むとレイリスト、サーヴァス、アルティナ、ルレイン。3階の渡り廊下の手前では名前の判らない少女が2人。野草の人物描写は詳細だったから、オレが読んだことのある小説の登場人物はほとんど判った。判らないキャラクターはオレが知らない小説の登場人物だからだろう。
 渡り廊下で戦闘を繰り返す武士とアフル。どちらにも疲れが出てきていることを、見守るオレは感じることができた。葛城達也はもうオレの背後にキャラをテレポートさせてくることはなかった。オレは視界に映るキャラの人数を調節しながら、少しずつ、渡り廊下に近づいていった。
 やがて、オレが渡り廊下のすべてを見回すことのできる位置まで来た時、オレは初めて、そこにあの片桐信が立っていることを知ったのである。
 武士とアフルの最後の戦闘を見守りながら、オレはずっと、片桐信の憎悪の視線を頬に感じていた。