蜘蛛の旋律・106
 アフルはもしかしたらずっと以前から覚悟していたのかもしれない。操られていたタケシが校舎に飛び込もうとしたことを知ったときから、葛城達也がキャラクターを校舎に集めていることも、やがてそのキャラクターと戦わなければならないことも予知していたのだと思う。アフルは伊佐巳の死にほんの少しの動揺を見せたけれど、取り乱したり気力を失うようなことはなかった。どちらかといえば見ていただけのオレの方がうろたえていた気がする。
「巳神、大丈夫?」
 シーラに声をかけられて、オレは武士とアフルが再び歩き始めていることを知った。あわててオレもあとを追う。言ってみればオレはマネキンを動かすスイッチのようなものだから、武士やアフルの指示どおりに動かないと、彼らに負担をかけることになるんだ。
 伊佐巳がいた階段を再び上がっていく2人を目にして、オレは気付いて横にいるシーラに話し掛けた。
「自我を持たないキャラクターは、オレが近づかなければ動かないんだよな。だったら、オレは近づかないでいた方が、あの2人も倒しやすいんじゃないのか?」
 シーラは少しの間、オレの言葉が判らないような表情をしていた。だけど、それが判った時、明らかに怒ったような声で言ったのだ。
「動かないキャラを殺せってこと? ……なんか、巳神って時々信じらんない!」
 ……そうか? どうせ殺さなければならないんだったら、動かない相手の方が遥かに楽だし、体力の消耗も少なくなるはずだ。
「少なくとも武士には無理だね。っていうか、薫のキャラにはそれは不可能だよ。考えつきもしないんだ。……薫の中にそういう要素が存在しないから、キャラクターにも存在しようがないんだ」
 巫女の方が言葉は穏やかだったけれど、オレの考えに嫌悪感を抱いたのはシーラと同じようだった。
「自我がないキャラクターだって、私たちと同じだ。薫には私たちを殺す権利があるけど、私たちにだって生きる権利はある。そしてその権利は、自我がないキャラだって同じように持ってるんだ。生きるチャンスを与えずに殺すことなんか、私たちにはできないよ」
 巫女の言葉によってオレは自分の利己的な考えを恥じいっていた。その頃には、オレと巫女とシーラの3人は1階と2階の間の踊り場あたりまできていた。
 そのときいきなり、背後に人影が出現したのである。