蜘蛛の旋律・104
 目の前のまっすぐ続く廊下の左手には、保健室と3年生の教室がずらりと並んでいる。入口から10メートルも歩くと右手にHの横棒にあたる渡り廊下があって、校舎と渡り廊下に囲まれたところに中庭がある。右手の渡り廊下を突き当りまで行ったところが、Hの左肩にあたる生徒会室だ。階段はその生徒会室の前にある。アフルと武士は周囲を警戒しながら、まずはその階段を目指して歩いていった。
 2人から5メートルほど遅れてオレとシーラと巫女も後を追う。と、階段を上がりかけたところで、武士とアフルが足を止めたのだ。武士は手でオレに止まるよう合図を送ってきた。その緊張感は10秒以上も続いたから、オレは自然に足が震えてくるのを感じていた。
 オレの位置からでは階段の先に何があるのか見ることができない。やがて、まったく変化が起きる気配がないことを察したのか、武士がアフルに話し掛けていた。
「あいつは誰だ。お前の知ってる奴か?」
「僕の親友の伊佐巳だよ。物語の最後で葛城達也に記憶を奪われたんだ」
「動かねえのは記憶がないからか」
「いや、たぶん違うと思う」
 どうやら、階段の踊り場あたりに、野草のキャラクターの伊佐巳がいるらしい。伊佐巳はアフルの小説の主人公で葛城達也の息子だ。アフルと武士が近づいているのに何の反応もないのか。
 武士は何かを思いついたのか、オレに言った。
「巳神、ちょっとこっちにきてくれ」
 言われた通りオレは武士のところまで歩いていった。その位置まで行くと、踊り場で立ち尽くしている伊佐巳を見ることができた。だけど、オレがその場所に行った瞬間、今まで動きのなかったはずの伊佐巳はまるで息を吹き返したマネキンのようにいきなり動き始めたのだ。
「オレではない、異質なもの……」
 伊佐巳は、明らかにオレの存在に反応したのだ!