蜘蛛の旋律・105
「巳神、保健室まで下がってろ! 未子!」
「判ってる」
 伊佐巳がまっすぐにオレを目指して階段を下りてくるところ、オレはシーラと巫女に手を引かれて、あわてて保健室前まで戻ってきていた。武士とアフルは渡り廊下の中ほどまで下がって伊佐巳を待つ。オレが振り返ると、伊佐巳は既に渡り廊下まできていて、そのままスピードを落とさずにオレに向かってこようとしていた。間に立ちはだかるアフルと武士の姿などまるで見えていないみたいだった。
 その勢いを止めるように武士が体当たりを喰らわす。伊佐巳が僅かにふらついたそのとき、アフルが言った。
「武士、僕に任せてくれ」
 そうして武士がいったん身を引くと、アフルは伊佐巳の頭を両手で包み込むようにしたのだ。
  ―― いったい何が起こったのか、オレには判らなかった。
 伊佐巳は小さなうめきを残して、静かにその場に崩れ落ちた。アフルが抱きとめる。アフルの親友、葛城達也の息子の15歳の伊佐巳は、アフルの腕の中でやがて動かなくなり、気配を消した。そして、身体全体の細胞が吸引力を失うように、静かに崩れ、塵になり、あっという間に消えてしまったのだ。アフルはその様子をじっと見守っていた。残されたのは、抱きとめた形のままとどまる、アフルの姿だけだった。
「伊佐巳……ごめん……」
 伊佐巳は消えてしまった。……アフルは伊佐巳を殺したのだ。見守っていたオレにも、おそらく他のキャラクターにも、それは判ったはずだった。
 野草が生きることだけを考えたアフルは、10年来の親友をその手で殺したのだ。
 たぶんアフルは、親友を他のキャラクターの手に委ねたくはなかったのだろう。
「アフル……」
 オレが声をかけると、やっとアフルは立ち上がった。
「いろいろ判ったね。操られたキャラクターは、巳神君を見た瞬間に動き始めて、死ぬと塵になる。同時にたくさんのキャラに巳神君の姿を見せないようにすれば、何とかなりそうだね」
 そう言って振り返ったアフルの表情には、強引な作り笑いだけが貼り付いていた。