蜘蛛の旋律・101
 オレに気になることはたくさんあった。さっき片桐が言った「お前達は本当は既に目的を果たしたんだろ?」という言葉の意味。それをオレに気付かせまいと、いきなり片桐に攻撃を仕掛けていった武士のこと。まるでオレの考えを邪魔するかのように話題を変えてきたアフルの態度。シーラはオレに演技の恋を語り、巫女は彼らの中ではもっとも自然な仕草でオレの思考を操った。
 オレはずっとそんなキャラクター達に翻弄されてきた。誰もが野草を救おうと言う。だけど、オレが野草を救う方法を知るための手助けは、誰もしてはくれなかったのだ。オレはいつでもこのキャラクター達に振り回されて、自分自身を見失っていた。
 黒澤弥生は、野草の居場所を見つけることがこの小説のすべてなのだと言った。野草の居場所を見つけて、オレが野草と会話するということが、黒澤が書いている小説の目的なのだと。
 黒澤が脳裏に描いている小説の結末は、オレが野草の生きる希望を見出し、野草の命を助けることだ。それなのにオレは未だに野草にかける言葉の1つも見つけられずにいる。これが見つからなければ黒澤の小説は終わらない。オレは必死だった。必死で、その言葉を探そうとしていたのだ。
 誰もオレに教えてくれない。その異常さに気付かないくらい、オレは必死だったんだ。
「 ―― だいたい判った。つまりその爺さんは、巳神が薫の下位世界では異質な人間だってことを目印に襲ってきたんだな?」
「そう。たぶんあの時に葛城達也が与えていた暗示は、巳神だけを見分けて襲え、ってものだったんだと思う」
「だとしたら、今校舎の中にいる人間も、同じ暗示を与えられてる確率は高いな」
 野草のキャラクター達は、武士を中心に作戦会議を開いていた。もちろんオレも参加している。野草がいるおおよその位置は判っていたから、そこに辿り着くための作戦を立てていたのだ。武士とアフルが感じているもっとも人の気配の多い場所は、文芸部の活動場所になっている地理準備室だった。
「つまり、操られた人間のほとんどは、巳神、お前に襲い掛かってくるってことだ」
 武士に正面から見つめられて、オレは背筋を震わせた。