蜘蛛の旋律・99
 野草は本当に死にたいのだろうか。それとも、僅かな希望を欲しがっているのだろうか。
「薫は中にいるんだな?」
 もう隠す必要はないと思っているのだろう。武士の問いに、片桐信はほとんど答えを迷わなかった。
「ああ、いるさ。ほかのどこに薫の居場所がある?」
「今は葛城達也と一緒か」
「達也の居場所も薫のところだけだからな。達也を理解できるのは薫だけだ」
「葛城達也にだけでも会わせてもらえないか? 俺たちは奴と話がしたい」
「達也はお前達と会いたいなんて思ってない。達也はオレと同じだ。ただ、薫を守りたい、それだけなんだ」
 武士も片桐も、野草薫という同じ土壌で生まれたキャラクターだった。どちらも野草のことを好きで、野草のためを思って行動している。
 このとき、片桐は少し様子を変えた。武士から目を逸らして、シーラや、アフルや、巫女のことを探るような目つきで見回したのだ。
「もう、十分じゃないのか。お前達は本当は既に目的を果たしたんだろ?」
 オレは片桐のその言葉をはっきりと聞いていた。だけどその意味を追求しようとするよりも早く、いきなり武士が片桐に攻撃を仕掛けようとしたのだ!
 オレは驚いて武士の行動を追った。武士は片桐に地這い拳を仕掛けて、だけど片桐にひょいと避けられて武士の蹴りは空を切る。どちらの動きも速くてオレにはほとんど何が起こったのか判らなかった。武士の攻撃はその一撃だけで、少し遠くに離れた片桐は、ゾッとするような笑みを武士とオレに向けたのだ。
「悪いな。オレは空手二段を持ってるんだ。オヤサシイ手加減の入った攻撃は効かねえよ」
 空手二段? ……最初に病室で会ったときこいつと争いにならなくてほんとによかった。何もかもオレとそっくりに見えるのに、オレにはないそんな特技を野草は片桐に付け加えてたのか。
 そんなオレのささやかな思いは、武士と片桐の間の緊張にほとんど存在感を持たなかった。