蜘蛛の旋律・100
「 ―― どうやら平行線らしいな」
 しばらくの沈黙のあと武士が言って、片桐もいくぶん肉体の緊張を解いた。
「どうしても薫に会いたいならしょうがねえ。達也は迎え撃つだろうよ。武士、お前は薫が今までに小説に書いたキャラクターが、いったい何人いるのか知ってるのか?」
「……葛城達也はここに全員集めたのか」
「さあな。自分の目で確かめればいいさ」
 片桐はそう言って、再び校舎の中に駈け戻っていった。武士は一瞬追いかけるようなそぶりを見せたけれど、おそらく誘い込まれることを警戒したのだろう、1つ息をついて、オレたちを振り返った。
 武士の目は明らかに変わっていた。まるで戦いに赴く戦士のような強さを持っていた。それだけじゃない。武士の目は、その戦いがほとんど勝ち目のない死への旅立ちであるかのような覚悟に満ちていたのだ。
 葛城達也は、おそらく野草のキャラクターの中では一番強い。野草が最も愛情を注いで作り上げたキャラクター。その存在の強さは、もしかしたらここにいるキャラクターすべてを合わせたよりも強いかもしれないんだ。
「武士、なんて顔をしてるんだ。みんなを緊張させてどうするんだよ」
 そう言ったのは巫女だった。オレも、武士も、シーラもアフルも、ほとんど同時に巫女を見る。巫女の表情は声から想像するよりずっと明るかった。だけど、どこか諦めたような雰囲気も漂わせていた。
「私たちを作ったのは薫だ。だから薫には私たちを消す権利がある。私たちのために薫を死なせちゃいけないんだ。たとえ私たちが消えることになっても、薫を死なせちゃいけない」
 たぶん巫女は、野草を生かすために自分達が消えることまで覚悟していたのだろう。
「武士、薫が生きることだけ考えな。それでなければ葛城達也には絶対勝てないよ」
  ―― このときの巫女の言葉が持つ本当の意味をオレが理解したのは、実際に校舎に侵入した直後のことだった。