蜘蛛の旋律・96
 巫女は少しの間オレを見つめていたけれど、ふっと、緊張を解くように微笑んだ。こういう間の取り方は野草のキャラクターに共通している。全員まったく違うようでいて、彼らはやっぱり野草という同じ土壌から生まれているんだ。
「巳神、あなたの考え方はおもしろいね。今、黒澤弥生が書いている同じ小説の中にいて、あなただけが違うってことがよく判る。……私は薫を超えられないよ。超えられない」
「どうして? やってもみないうちから諦めるのか?」
「物語もキャラクターも、作者が成長すれば一緒に成長する。どちらも作者の下位世界の中にしか存在しないからだ。巳神、薫はね、私たちにとっては神と同じなんだ。世界を作り、人間を作り、運命を紡ぐ」
 ああ、そうだ。この世界を作ったのは野草なんだ。ここにいるキャラクターにとって、世界を作った野草は神に等しいんだ。
「……あなたは、あなたの世界の神を超えることができる?」
 正直、オレは漠然としか考えたことがなかった。オレは自分の世界の神の姿を知らないんだ。存在するような気はしているけれど、見たことも会ったこともない。どんな姿なのか想像もできない。ましてそれを超えるなんて、とうていできるとは思えない。
 巫女は、野草の事故によって、自分の神の姿を知った。神が死ぬことを知って、世界の崩壊を知って、神を救おうと足掻いた。
 やっと、オレはすべてが繋がった気がした。彼女達にとっては野草は高校生の女の子なんかじゃないんだ。自分達のすべてを司るもの。まさに、神としか言いようがないんだ。
 オレの世界にもオレを作ったものはいる。オレにとっての神はいったいなんだろう。オレや野草にとっての神も、ふたを開ければ高校生の女の子だったりするのだろうか。
 オレも、誰かの小説の登場人物だったりするのだろうか。
「あ、運がいいね、巳神。シーラはどうやら待ちくたびれなかったみたいだよ」
 巫女に言われて窓の外を見ると、車は既に沼南高校前の交差点を曲がるところだった。