蜘蛛の旋律・94
 タケシをベッドに縛り付けて、オレは武士とアフルを伴って黒澤のパルサーに乗り込んだ。運転席に武士、助手席にアフルで、オレは後部座席を半分空けて巫女を待つ。間もなく現われた巫女は、それまでの巫女の衣装を脱いで、長袖TシャツとGパンというラフな格好に変わっていた。
「待たせたね。武士、いいよ」
 小説にもあったのだけど、こうしてラフな服装をした巫女というのは、どこか目のやり場に困るような雰囲気がある。長い髪はきっちりとうしろで縛っていて、表情も姿勢もごく普通の女性のものだったのだけど、どういう訳か官能的で誘われているような感じがあるんだ。文字で読んでいる時には「そういう人」で済ませてしまえても、こうして隣に座っているとなかなかそういう訳にはいかない。車の中は沈黙していたから、そんな気分を払拭すべく、オレは巫女に話し掛けていた。
「巫女は、これからオレたちがどういう運命を辿るか、知ってるのか?」
 振り返って、ちょっと悲しみの混じった笑顔で、巫女は答えた。
「判ってるよ。これから何が起こって、巳神がどう行動して、そのあとどういう結末になるのか、あたしにはぜんぶ見えるんだ」
「それは教えてはもらえないのか?」
「難しいところだね。人の運命には時々分岐点があって、生きていく過程で運命を選択して、ひとつの軌跡を形作る。1人1人の人生にも数え切れないくらいの分岐点があるし、それがすべての人間の数だけ存在して、1人の人間の選択が他の人間の人生に影響を与えたりもしてる。私はそのすべてを見ることができる。それって、どういうものだか想像できる?」
 もちろんオレには想像なんかできなかった。もっと簡単な迷路やジグソーパズルだって、オレは混乱してまともに解くことができないんだ。たぶん巫女が見ている運命は、すごく複雑な迷路がものすごく大量にあるような状態なのだろう。
「塞翁が馬って話を知ってる?」
「ああ、確か塞翁って人の馬が逃げ出すところから始まる話だよな」
「さすが、巳神は物語には詳しいね。塞翁の馬が逃げ出して落胆していると、逃げた馬はとてもいい馬を連れて戻ってきた。息子がその馬から落ちて怪我をしてしまう。だけどそのおかげで戦争に行かずに済んだ。……もしも運命を知る人がいて、息子が落馬することを塞翁に教えたとするよ。たぶん塞翁は息子を馬に乗せないようにするね。だけど、落馬しない代わり、息子は戦争に行って命を落としてしまったかもしれないんだ」