蜘蛛の旋律・93
「判ってないのはお前の方だよ、武士」
 突然、巫女が会話に割り込んできていた。オレも武士もアフルも、ほとんど同時に巫女を振り返っていた。
「未子」
「いかにも男どもが考えそうなことだね。女はね、そんなややこしいことは考えてないんだ。……いいか、シーラはああは言ってたけど、ほんとはタケシの記憶が戻ることを望んでるよ。心の底からね。だけどね、それは他人の力を借りたんじゃ、意味がないんだ。タケシが本当に自分を好きで、自分のために命を張る覚悟があるなら、たとえ地獄の底にいたって自分のために駆けつけて欲しい。誰に操られてたって、誰に記憶を封じられてたってね。何もかも撥ね退けて自力で来て欲しいんだよシーラは。それができない男なら、女は必要ないんだ。塵になって消えてくれた方がいいんだ」
 オレも武士もアフルも、巫女の言葉に何も言うことができなかった。
「アフル、あなたのことだってそう。シーラはあなたが何者であってもかまわないよ。ただ余計なことをして欲しくないだけ。……タケシは縄抜けくらいできるね? だったら、さっさとタケシをベッドに縛り付けて、私達もシーラを追いかけるよ。あまり長いことシーラを1人にしておいたら、待ちくたびれて勝手に校舎に飛び込んじゃうかもしれないからね」
 巫女は……けっして美人じゃない。武士の姉だけあってあまり造作がいいとはいえなかったし、目つきは三白眼で言葉も女性らしくない。だけど今のオレには、巫女は誰よりも美しい女性に見えた。……思い出した。野草の書いた小説の中で巫女は、しばらく言葉を交わし、その魂に触れると、この世の誰よりも美しく見えると描写されていたんだ。
 人の運命を司り、その責任をこの小さな身体に背負っている1人の女性。この人の存在感は、たったこれだけの言葉だけで、オレの中に深く刻み込まれていた。
「巳神、シーラは賭けをしたんだ。もしもタケシが自我を取り戻せたら、必ずシーラのところに戻ってくる。その希望をシーラに与えることができたのはあなたのおかげだよ」
 巫女はそう言って、すべてを判っているのだというような笑顔をオレに向けた。