蜘蛛の旋律・91
 アフルの家は通りから少し奥まっていたから、周辺には田んぼが多くて視界を遮るものがない。だからアフルの部屋の窓からは、さっき通りで見たよりもはっきりと、世界が崩壊する様子を見ることができた。
 拡大してゆく空の破れ目。その下に広がる街並みは、3ブロック先くらいまででいきなり途切れてしまっている。その向こうに広がるのは虚無だ。しばらく見ていると、虚無がゆっくりと建物を飲み込んで、塵のように崩してゆく姿が見て取れた。
 おおよその見当で、1分間に1つずつの建物が飲み込まれている。この速度がこのまま変わらなかったとすると、約1時間後にはこの家も塵になってしまうだろう。今、この家で寝ているアフルの両親も。オレがこの考えに行き当たってアフルを見た時、アフルは何も言わず、切なそうに1つ頷いただけだった。
 ここにタケシを置いておけばやがてタケシも塵になる。だけど、たとえどこにいたところで、完璧な安全などありはしないんだ。野草の下位世界が崩壊を続ける限り、やがてすべてが塵に帰ってしまうのだから。
 それを喰い止めるためには、オレが野草に会って生きる希望を取り戻してやるしかないんだ。
「巫女、薫は間違いなく沼南高校にいるよね」
 シーラの言葉に、巫女は力強く頷いた。
「さっき武士に確認してきてもらったからね、間違いないと思う。あの場所には、薫と葛城達也、それに片桐信と、葛城達也に操られたたくさんのキャラクター達がいる。世界の崩壊もすべてあの場所を中心にして進んでる。私たちが行かなければならないのは、あの場所だよ」
 シーラは、今までオレが見た中で一番強い目をして、オレたち全員を振り返った。
「タケシはここに置いて行く。塵になっても、葛城達也の手下になるより遥かにマシだから」
 そう、言い放ったあと、シーラはもう振り返らずにアフルの部屋を出て行った。
 シーラの中でどんな葛藤があったのか、オレはとうとう察することができなかった。