蜘蛛の旋律・88
 史跡の細い道を出て、上り坂を根性で上がると、やっと新都市交通の高架が見えてくる。その下をくぐったところがアフルの家の前まで続く長い直線だ。バイクのエンジンをかけるのにオレが戸惑っていると、シーラが代わりにかけてくれて、そのまま、彼女はバイクにまたがっていた。
「オレがやるよ。オレだって君とたいして変わらないんだ」
「そうかもね。でも、教えるよりあたしが乗っちゃった方が早いから」
 たぶんシーラは、1秒でも早くタケシに会いたかったのだろう。オレのメンツを考えてくれる余裕はないみたいだった。オレも諦めて、シーラの後ろにまたがった。
「しっかりつかまっててね。カーブの時だけ、あたしの身体の動きに合わせてくれる?」
「判った」
 そう答えて、オレがシーラの胴に巻きつくようにつかまると、シーラはアクセルを握って一気に加速していった。
 恐ろしいぐらいのGと風圧だった。彼女の身体にできるだけ負担をかけないようにするのが精一杯で、だけどそれだってちゃんとできたかどうか判らない。判ってたけど、シーラはものすごく無謀な女の子だった。彼女の言葉は正しい。オレだったらぜったいここまでスピードを上げることはできなかったから、シーラが運転した方が確実に10分は早く到着することができただろう。
 どのあたりを走っているのか見失って、あわてて顔を上げると、目印の曲がり角は100メートル先まで近づいていた。あわてて右折の合図を送る。そのとき、オレは前方に、それを見たのだ。
 アフルの家よりは遥か向こうにあった空の破れ目。その空の穴が、街並みのすぐ向こうまで近づいている。シーラはすぐに右折してしまったからどのくらい先まで迫っているのか見定められなかったけれど、オレが瞬間に見た風景は、野草の下位世界の崩壊がすぐ傍まで進んでいることを物語っていたのだ。