蜘蛛の旋律・85
 自我を持ったキャラクターは、すべて実らない恋をしていた。シーラも、アフルも、武士も、あの片桐信も。
 そういえば、アフルはいつも悲しい微笑を浮かべていた。シーラもそうだ。こんな悲しいキャラクター達に、野草はもっとも感情移入していたんだ。もしかしたら野草も、ぜったいに叶わない恋をしていたのかもしれない。
 隣を歩くシーラは、やはり悲しい微笑でオレを見つめていた。オレはこのとき、野草の恋よりもシーラの恋を思っていた。シーラが永遠に実らない恋をしていたのは、いったいどんな男だったのだろう。あのタケシよりも更にシーラを惹きつけた男というのは。
 たぶん、オレはその知らない男に嫉妬していたのだと思う。
 シーラの実の兄は、いったいどんな想いでシーラを見つめていたのだろう。
「君のもう1つの話はオレが読んでいない話なんだ。それって、あの話の続編だったのか?」
「ううん、続編じゃなくて、パラレルワールド。もしもその人がいたら、っていう前提で薫が書いた話だったの。だから、今のあたしとはぜんぜん性格が違った」
 つまり、本当ならシーラというキャラクターは2人いたんだ。もしかして、野草の下位世界が分離した時、こっちのシーラじゃなくてもう1人のシーラが出てくる可能性もあったんじゃないのか? ……ああ、だけど葛城達也の例もある。野草の現実に近かったのは、やっぱりこっちのシーラの方だったんだ。
 このシーラにパラレルワールドのシーラの記憶があるのなら、たぶん葛城達也にもすべての記憶がある。……もしかしたら、タケシにだってその記憶はあるんじゃないだろうか。
 もしもタケシがパラレルワールドでもシーラに恋をしていたのなら、タケシだって実らない恋をしていた記憶を持ってるはずだ。
 タケシのその人格を呼び覚ますことができれば、タケシに自我を持たせることだってできる!
「シーラ! もしかしたら ―― 」
 このとき、オレは不意に我に返ったように言葉を切っていた。