蜘蛛の旋律・83
 けっきょく、オレとシーラは、バイクを引いて少し歩くことにした。ここから12、3分歩くと例のまっすぐな通りに出る。そこまで行けば交差点を曲がる必要がないから、もしかしたらオレでも何とかできるかもしれないんだよな。オレも男だし、女の子に不慣れなバイクの2人乗りを運転させるよりは、できる範囲で肉体労働を引き受けたかったんだ。
 オレと武士は学校前の交差点を右折してきたのだけれど、その道は長い上り坂になっていたから、オレはシーラのバイクを引いて右に曲がった。その道は少し行くと江戸時代の屋敷跡で細くなる。しばらくはクランクが続いて、あの通りのやや北寄りに出られるんだ。この道は体育の授業でのロードコースにもなっているから、野草の下位世界にもちゃんと存在しているはずだった。
 かなり暗くて不気味な道を、オレとシーラは辿っていった。シーラと歩くのはずいぶん久しぶりな気がする。あれからまだ2時間も経っていないはずなんだ。不思議に思いながら、オレはシーラに、さっき疑問に思ったことを訊いてみた。
「野草の下位世界にはたけしが2人いるじゃないか。もしかしたらこの2人は元は同じキャラクターだったのか?」
 バイクをはさんで反対側を歩くシーラは、暗闇の中でオレに少し微笑んだ。
「薫が最初に作ったタケシは、あたしのパートナーのタケシだったの。そのあと、巫女の弟のキャラクターを作ったんだけど、2人の弟のうち下の弟の名前が先に決まったんだよね。そうしたら、上の弟はもう武士にするしかなかったの」
 そういえば、巫女にはもう1人弟がいたんだ。名前は確か礼士といった。先に礼士の名前が決まってしまったから、あと1人が自然に武士になったということか。
「キャラクターのイメージもタケシに似てたから、薫はもうそれ以外の名前を思いつけなかったみたい。でも、小説を書き進むうちに、武士には武士独自の設定が生まれてきて、今では外見以外はそれほど似てはいないかな。あたしにはぜんぜん違うキャラクターに見えるよ」
 たぶんシーラにとっては、どんなにタケシに似ているキャラがいたとしても、パートナーのタケシとはまったく違った人間に見えるのだろう。
「要するに巫女の弟の方があとから生まれた人格なんだな。その武士が自我を持ってて、どうして君のタケシが自我を持てなかったんだ? その理由をシーラは知っているの?」
 シーラは、少し悲しそうな瞳をして、オレに微笑んでいた。