蜘蛛の旋律・81
 オレはなんとなく、武士に親しみのようなものを感じ始めていた。それは武士が超能力者でも、物語の作者でもなかったこともあるのだろう。リーダーシップを取って有言実行している態度も、オレに過大な期待を抱いていないことも、好感が持てる要因の1つだった。
 それで気付いた。どうやらオレは、アフルや黒澤のような人間は、基本的に苦手なんだ。武士はオレを1人の人間として扱ってる。オレが肉体的にそれほど強靭ではないことも、オレの個性として認めてくれている。
 野草の下位世界で初めて、オレは普通の人間と会話している気分になれたんだ。
「ねえ、ちょっと! タケシはどうなったの? 元に戻ったの?」
 シーラがそう言って振り返ったから、オレと武士はそちらに近づいていった。
「操り糸は切れたはずだ。だが、これから先も自我を持つことができないなら、こいつは再び操られることになる」
「どうにかできないの?」
「方法は2つしかない。操っていた奴を倒すか、こいつが自我を持つかだ」
 タケシが自我を持つ。そんなことができるのだろうか。今まで物語の中でしか生きられなかった人間が、自我を持つなんて。
 野草の下位世界はこれからますますおかしくなる。どちらかといえば、シーラや武士の自我が消える方がよほどありえる話なんだ。
「……とにかくタケシを学校から引き離さなきゃ。また目覚めて飛び込まれたら、今度こそ救えないかもしれない」
 そう、シーラが口にした後、武士はいきなりタケシを肩に担いだ。そして何も言わずに車の方に歩いていく。驚いたのはシーラも同じだった。
「ちょっと! タケシをどうするの?」
「アフルの家に連れて行く。場所は判るか」
「なんとなくしか判らないよ」
「巳神、案内してやれ」
 そう告げたあとは何も言わず、後部座席にタケシを放り込んで、武士が運転する車はあっという間に走り去ってしまったのだ。