蜘蛛の旋律・80
 地這い拳の基本形は重心を低くとって後ろ足に重心を置き、前足で攻撃と防御を使い分ける。両腕はバランスを取る以外ほとんど使わないのが特徴だ。野草の小説にはそう記述してあって、オレもなんとなく想像しながら読んでいたのだけれど、実際に見るとそれはかなり奇妙な拳法だった。
 まず、オレが想像していたよりも、地這い拳はかなり身軽だった。タケシはどうやら本当に操られているようで、必死で学校の中に入ろうとそれだけを目標に動いている。そのタケシに向かって攻撃する武士は、両足をこまめに動かして膝から下に重点的に蹴りを繰り出している。武士の動きだけを見るならば、まるでコミカルなダンスを踊っているかのようなのだ。これでタケシの攻撃があれば武士の地這い拳にも防御の動きが加わって、少しは戦いらしく見えるのかもしれない。
 その戦いは、割に早い段階で武士の勝利に終わった。タケシの全身から力がすうっと抜けるようにその場に倒れこんだのだ。地這い拳は、人の身体に取り付いた魔を払う拳。もしかしたらタケシを操っていた力を、武士の地這い拳が払うことに成功したのかもしれない。
「タケシ!」
 その場に倒れたタケシにシーラが駆け寄ってゆく。オレはちょっと嫉妬のような感情を覚えたけれど、それを振り払って武士に近づいていった。
「武士、ありがとう、助けてくれて」
 武士が助けてくれなければ、オレはタケシが運転する車に轢かれて、命がなかったかもしれないんだ。
「いや、たいしたことじゃねえ。……それよりこれからどうするかだ。この男をこのまま置いとくわけにもいかねえ」
 確かに、気絶したタケシをここに置き去りにすることはできないだろう。タケシのレガシィB4は潰れてしまったから、黒澤のパルサーでどこかに連れて行くしかない。
「一度アフルの家に戻るか?」
「あいつがこのまま気絶しててくれるならいい。だが、また目覚めて操られると厄介だ。できれば敵に回したくねえ」
 どうやら今の戦いには、武士も大いに思うところがあったらしい。