蜘蛛の旋律・79
 白のレガシィB4。それは、シーラのパートナータケシが乗っている車だった。だけど今は前部が潰れてほとんど判別できなくなっている。すぐに助け起こされたオレは、オレを倒したのが武士で、その前に叫び声を上げたのがシーラだということに気付いていた。
「シーラ!」
 叫んだオレの背後からシーラは駆け寄ってきた。あの車には乗っていなかったのだ。ということは、車を運転していたのはタケシだったのか。
「2人とも早く! タケシを校舎に入れないで!」
 シーラが再び叫んだ時、車の中からタケシが這いずるように出てきたのだ。
 何も考えなかった。オレはシーラに言われたとおり、タケシを校舎に入れまいとだけ考え、行動していた。這い出てきたタケシに取り付いて身体を抑える。だけど、オレの力ではタケシを完全に止めることなんかできなかったんだ。
 そのとき、完璧に体勢を整えてタケシの目の前に立ったのは武士だった。
「あとは俺に任せろ」
 その言葉に心底ほっとしてタケシから離れると、同じ名前を持つ2人の男は、正面から睨みあった。
 似ているのはどうやら名前だけではなかった。年齢も同じ18歳、身長も体型もほぼ同じように見えたし、2人とも格闘技系だ。小説の中でタケシは不細工という形容こそついていないけれど、シーラと合わせて美女と野獣と称されるくらいだからハンサムではない。年齢よりも年嵩に見られるところも、迫力ある物腰も、2人のたけしには共通していた。
 この2人は、もしかしたら野草の中では同一視されたキャラなのかもしれない。完全にキャラクターがかぶってる。それなのに片方が自我を持ち、片方が持たなかったというのは、オレには不思議な現象に見えた。
 そんな、オレが考えをめぐらせたのもほんの一瞬のことで、地這いの仮長武士はスパイチームのリーダータケシに向かって、得意の地這い拳を繰り出し始めたのだ。