蜘蛛の旋律・76
 「地這いの一族」という物語は、世の中に巣食う魔物を退治する一族の話で、地這いの本家である巫女達は、千年目に顕在化する魔王を倒すために血の浄化というものを進めている。あと2代、つまり巫女の孫の代で浄化は完成して、魔王と対峙できる勇者が誕生する訳だ。巫女は未来を読んで、正しい歴史に人々を導いている。だから巫女はアフルのような超能力者とも少し違うんだ。歴史の筋道をすべて見通せる力や、祈りを神に届ける力はあるけれど、テレポテーションや読心や、いわゆる超能力というものはないと言っていいだろう。
 武士にいたってはその能力すらもない。地這い一族の名前の由来となった「地這い拳」というのを習得していて、魔物に取り付かれた人間から魔を払うことができる。地這い拳はその名の通り地を這うような拳法だ。足技が主体で、足に弱点を持つ魔物を効率よく倒すことに重点を置いて考案されている。
 そんな武士と一緒にいるのは、心を読まれる心配がない分だけアフルよりも気が楽だったのだけど、すぐにそうでもないことに気付くこととなった。心を読めない武士に自分の考えを伝えるためには、アフルの時よりも更に多くの言葉をしゃべらなければならなかったのだ。いつの間にかオレは、超能力者の便利さにすっかり馴らされてしまっていたらしい。
 ともあれ、いくつかの言葉の行き違いの末、武士の運転する車は新都市交通の駅を通過して、野草の通学経路を辿り始めた。坂道を登ってT字路になったところを左折、そのまま細くくねくねした坂道を下りていくと、細い沼が現われる。その沼の橋を渡ってすぐが沼北高校だ。沼の北側にあるからその名前がついたのだと、オレは学校の名前の由来を聞かされていた。
 しかし、オレたちはその橋を渡ることはなかった。橋を渡る前に、既に見慣れた看板が現われていたのだ。右折の交差点で武士は車を停めた。……そうか、アフルがそう言ったとき、オレはなんとなく聞き流してしまっていたけれど、あれはこういう意味だったんだ。
 県立沼南高校入口 ―― 白い看板には、そう文字が書いてあったのだ。