蜘蛛の旋律・74
 後部座席に巫女と武士、助手席にオレを乗せて、アフルが運転するパルサーは来た道を戻っていった。グレーの街並みから文字のない架空の町を通り過ぎてしばらく。黒澤の車にはなぜか助手席用のルームミラーがついていて、その中に映る巫女はみるみる様子を変えていった。疲れたようにぐったりして武士にもたれかかって、武士が抱き寄せると目を閉じてそのまま動かなくなったのだ。やがてアフルの自宅に到着する頃には、自力で立つこともできないようで、2階のアフルの部屋へは武士が抱きかかえて運んでいった。
 あまり片付いていないとのアフルの言葉はどうやら謙遜だったらしい。オレの部屋よりは遥かにさっぱり片付いている部屋のベッドに巫女を寝かせると、武士はアフルを振り返って言った。
「すまない。このまま1時間くらい寝かせてやってくれ」
「そんなもんでいいの? ずいぶん疲れてるみたいだけど」
「それ以上休んでは来た意味がないだろう。未子が休んでいる間に俺はちょっと確かめたいことがある。アフル、その間未子を頼む」
 アフルはちょっと驚いたように武士を見上げた。
「僕なら大丈夫だよ。あと8時間くらいノンストップで動けるって」
「休むべきところで休むのも戦士の仕事だ。どうやらお前よりは巳神の方が体力はありそうだからな」
 そういえば、アフルは葛城達也との空中戦で、かなり体力を消耗しているはずなんだ。アフルが平然としていたからぜんぜん気付かなかった。これから先、葛城達也と超能力戦でもやる羽目になるのなら、アフルにはちゃんと体力を回復させておいてもらわないと大変なんだ。
 武士はそのあたりのことをちゃんと判って、アフルの体力を気遣っているんだ。
「巳神、一緒に来てくれ」
 だけど武士は、駅から黒澤のアパートまで自力で走りぬいたオレの体力を気遣う気はないようだった。