蜘蛛の旋律・78
「誰もいないらしいな」
 オレがそう言って校門に向かって歩きかけると、武士は片腕を上げて、オレを制するような動作をした。
「巳神、お前には判らねえか。校舎の中にはかなりの人数が潜んでるぞ」
「え?」
 武士の言葉に、オレはもう一度じっくり校舎を見つめてみた。だけどオレには、人の気配はおろか、生き物の気配すらも感じなかったのだ。どこか遠くで虫の鳴く声が聞こえる。だけど校舎はしんと静まり返っていて、怖いくらいの静寂に包まれていたのだ。
「……何人くらいいるんだ?」
「少なく見積もっても20人はいるな。下手をすれば100人超えるかもしれねえ。……巳神、真夜中の校舎に潜んでる人間に心当たりはあるか?」
 心当たりと言われても、オレに判るのはそいつらがすべて野草のキャラクターだろうってことだけだ。自我を持たないキャラクターは誰かに操られていた節がある。もしかしたら、操っている誰かが、キャラクターをここに集めたのかもしれない。
 そうか、武士はオレが経験したことを知らないんだ。アフルや黒澤とばかり話していると、そういうあたりまえのことがだんだん判らなくなってくる。
「野草のキャラクターの中で、自我を持たない人間を操っている奴がいるらしいんだ。もしかしたらここにいるのは操られた人間かもしれない」
「誰かの意識が取り付いてる、ってことか。だとしたら何とかできるかもしれねえな」
 そのとき、不意にオレは気配を感じて振り返った。爆音が近づいてくる。交差点
を凝視していると、やがて白い車がものすごいスピードでオレたちの方に突っ込んできたのだ。
 車はみるみる近づいてくる。オレはその進路にいたんだ!
「巳神! タケシを止めて!!」
 女の声でその叫びを聞いたとき、オレは強い力で横倒しにされた。
 オレを轢きそこなった車は進路を変えて、すさまじい音をさせて校門に激突した
のである。