蜘蛛の旋律・72
「どうもありがとう。無理なお願いをして悪かったね」
 巫女がそう言ってドラゴンを仰ぐと、ドラゴンは1つ鼻息を吐いて、また上空の破れ目に向かって発っていった。……それにしてもすごいセンスの生き物だ。オレはあのドラゴンが出てくる小説を読んだことはなかったけれど、あんなのが出てくるとしたら童話かファンタジーといったところで、現実をモチーフにしたSF小説を専門にした野草の小説にはまったく不釣合いだったことだろう。
 空中から視線を戻すと、地上では巫女とアフルが相対していた。巫女の後ろにいるのは、巫女の父親違いの弟、武士だ。2人ともシーラが教えてくれた自我を持ったキャラクターで、子供の葛城達也も含めて、これでオレはすべてのキャラクターを見たということになる。
「パラレルワールドを移動する能力を持った竜、か。そんなキャラクターまで実体化していたとはね」
「私の屋敷の周辺以外はほとんど『無』に浸食されていたからね。車や乗り物を使うよりも、彼女に頼むのが一番安全で早かったんだ。私の呼ぶ声に答えてくれるまで、ちょっと時間もかかったんだけどね」
「なんにしても助かったよ。巫女、君がいてくれるのとくれないのとでは戦力が違いすぎるから」
 巫女の話では、どうやら宮城の方はほとんどの風景が破壊されてしまっているみたいだった。アフルと少しの会話を交わしたあと、巫女はオレを振り返り、近づいてくる。小説の設定では、武士の方はかなり不細工で醜い顔をしていて、18歳の年齢に見合わないほど老けてもいた。同じ母親を持つ巫女の方はそこまでではなかったけれど、やや三白眼な十人並みで、間違っても美人とは言いがたかった。
「初めまして、非村未子です。後ろにいるのが弟の武士で、地這い一族の仮長です。小説を読んだことはあるよね」
「あ、はい」
 この小説、実はかなり複雑で難しかったんだ。基本的には世の中に巣食う魔物を退治する、その準備をする話で、地這い一族は約千年も血の浄化を進めている。巫女はその一族の代々の巫女の中に転生を繰り返して、一族を正しい流れに導いてきたんだ。彼女は未来を読むことができる。だから、彼女は野草を救う一番正しい方法を知っているかもしれないんだ。