蜘蛛の旋律・73
 オレは巫女に訊きたいことがたくさんあって、だけど頭の整理がつかずに視線を泳がせていた。巫女もオレのそんな様子を察したのだろう。オレが話し始めるのを、微笑みながら待っていてくれた。だけどオレはけっきょく巫女に何も訊くことができなかった。後ろに立っていた武士がオレと巫女との間に割り込んで、待ったをかけるように肩に手を乗せたからだった。
「未子は竜を操って疲れている。話はあとにして、どこか休む場所を貸してくれないか」
「いいよ、武士。それより早く薫のところに行かなきゃ」
「駄目だ。……巳神信市、未子が休める場所に心当たりはないか」
 武士の存在感は圧倒的で、オレはすっかり気圧されてしまっていた。……確かに、巫女がずっとあの竜を操っていたのなら、かなり疲れてもいるのだろう。休める場所を手配できるのならしてあげたいところだ。だけど、オレはもともと地元の人間でもないし、心当たりといえば黒澤弥生のアパートくらいしかないんだ。……無理だろうな。あそこでは今黒澤が小説を書いているし、奴の部屋には3人の人間すら入れないと言っていたくらいだから、そうそう片付いてるとも思えないし。身体を休めるどころの話じゃないだろう。
 オレが答えられないでいると、横からアフルが口をはさんだ。
「もしよかったら、僕の部屋に行かないかい? それほど片付いてはいないけど、父も母もそろそろ眠ってる時間だから、ひと休みすることくらいならできると思うよ」
 アフルの言葉に、武士はオレの肩から手を離して、身体ごとアフルに振り返っていた。
「そうさせてくれるなら助かる」
「決まりだね。さあ、2人とも車に乗って。巳神君も」
 まるで自分の車に誘うような言い方だ。この車を調達して、倒れていたアフルを拾ったのはオレなんだけど。
 この場をアフルにさらわれて、主役のはずのオレはすっかり脇役に回されてしまっていた。