蜘蛛の旋律・69
 オレたちが今走っている道路というのは、市町村の境にあたる県道で、両側に民家と店が並んでいる。交差点付近以外は個人経営の店が多いんだ。田舎でもあるから、たまに畑や田んぼも見ることができる。
 信号を過ぎてからも同じような風景が続いていた。だけど、街灯に浮かび上がる風景はどこかが違う。アフルは車をゆっくりと走らせていたから、オレはきょろきょろと道の両側を見ながら、何が違うのかを見極めようとした。そして気付いたのだ。店だと思われる建物に掲げられた看板、それらは色はついているけれど、肝心の文字が一切書いていなかったのだ。
「……看板に文字がないね。表札も真っ白だ」
 そう口にしたアフルはどうやらかなり目がいい方らしい。オレの視力では暗闇の表札まで読み取ることはできなかった。
「架空の街、ってことか?」
「そう考えていいね。僕は現実の世界でもこの道を辿ったことがあるけど、さっきの信号から100メートルくらいくるとT字路に突き当たって、その先に道はないんだ。なのにここではずっとまっすぐの道が続いてる。薫は本当の道を知らないから、自分の頭の中でこの街道を作り上げてしまっているんだね」
 アフルはずっとゆっくり走り続けていたから、オレはしばらくの間、その異様な風景を眺めていた。道は時々カーブしながら延々と続いている。特徴のない風景の繰り返しはオレに、もうもとの場所には戻れないかもしれないというような不安を抱かせた。
 いったいいくつの信号を過ぎただろう。ふと顔を上げて空を見上げると、そこには現実にはありえない情景が浮かび上がっていた。
「アフル、あれ……!」
「……ああ、僕も見てるよ」
 空に、まるでそこだけ喰い千切られたかのような、巨大な破れ目が口を開けていたのだ。