蜘蛛の旋律・66
 道はほぼ北に向かって一直線で伸びている。オレは地元の人間ではなかったから、このあたりになるとさっぱり判らなくなってくる。野草の小説に出ていた公園が右手に見えて、同じ交差点には東高校入口の表示がある。アフルが初めて小説に登場した場所だ。この東高校が、アフルの通う高校として設定されている。
 アフルは割に真面目な性格なのかもしれないな。きちんと法廷速度を守っていて、信号でもちゃんと止まっていた。少し先の信号で止まった時、アフルは言った。
「ここを右に折れると、僕の家があるよ。小さなラーメン屋をやってるんだ」
 アフルは小説の中では脇役だったから、もちろん家業なんか一切出てこなかった。本当に野草の小説の設定は緻密だ。ほんのチョイ役の自宅まで設定してあったのだから。
「初めてオレと会った時、野草に言ってたな。僕が悪かった、って。どういう意味だったんだ?」
 再び信号が変わっていたから、アフルはオレを振り返らずに答えていた。
「シーラがこの世界の構造を知ったのは、薫が事故に遭ったあの瞬間だったみたいだね。でも、実は僕はもっと前から知ってたんだ。……たぶん、あの小説が完成した、9月半ばあたりからね」
 オレは驚いて運転席に身体を乗り出した。オレの気配に、アフルはちょっと視線を向けて、苦笑いのような表情を作る。
「知ってたって……。自分が小説の登場人物だって事をか? それを知ってて平気で生活してたのか?」
 信じられなかった。シーラはそれを知った瞬間、自分の存在にものすごい失望を覚えたんだ。オレでも失望すると思う。なのにアフルは、それから約1ヶ月間も、平静に生活していたっていうのか?
「もちろん平気ではなかったよ。いろいろ考えたし、失望もした。僕は超能力者だったから、世界の構造は自然に見えてしまうんだ。たぶん、超能力者として作られたキャラクターは、みんな知っていたと思う。
 巳神君、もしも自分が作られたキャラクターだと知って、手を伸ばせば自分を作った人間に届くとしたら、君ならどうする? 創造主に会いたいと思うかい?」
 その問いかけに、オレは沈黙で答えるよりなかった。