蜘蛛の旋律・61
「ええっと、この車は黒澤弥生のものか。僕も同行して構わないかな」
 相変わらずオレの心を読んでいるらしく、アフルは返事を待たずに運転席のドアを開け、勝手に乗り込んでいた。運転席を陣取られてしまったから、オレは仕方なく助手席の方に回る。助手席の鍵が開いた音がしたけれど、アフルが手を触れた様子はなかった。たぶん超能力だったのだろう。ちょっと不気味ではあったのだけれど、オートロックだと思うことにしてオレは助手席に乗り込んだ。
「運転できるのか?」
 アフルだってオレと同じ17歳だ。無免許なのは間違いない。
「研究所のドライビングシュミレータで慣らしてあるからね。たぶん巳神君より多少マシだと思うよ」
 確かに、高速道路の渋滞中におじさんのベンツの運転を代わったことがあるだけのオレとは、それこそ天と地ほどの差がありそうだった。
 慣れた手つきでギアを変えると、アフルは車を発進させた。そのまま高架沿いをまっすぐ進むと、オレや野草が通う高校と同じ名前の新都市交通駅がある。最終は確か夜11時台まであったから、駅にはまだ煌々と明かりがついていて、いつ列車が来てもおかしくない感じだ。だけどここには駅員の姿も、人の気配もまったくない。それだけ確認してアフルはまた車を動かした。
「巳神君、ちょっと確かめたいことがあるんだけど、つきあってもらってもいいかな」
 このあとオレは高校の方に行ってみるつもりだったのだ。たぶんそれを判っていて、アフルはそう訊いてきたのだろう。
「どこへ行くつもりなんだ?」
「ここから北の方に行くと、僕が通っている高校があるんだ。その先には僕の家があって、更に向こうには薫のクラスメイトの家がある。僕が出てくる小説の設定だと、その家は主人公ミオの親友、白井佑紀の家ということになってるんだけどね。……で、その先については何の設定もしてない。だから確かめたいんだ。薫が小説に設定しなかった場所、正確に言うと、薫が今まで行ったことのない場所が、今どうなっているのかをね」
 確かにオレにも興味がある。野草は現実の風景を正確に描写して、ところどころで小説の設定と入れ替えていた。そのどちらにもあてはまらない、野草が見たこともなく小説にも書かれなかった場所が、野草の下位世界で今どうなっているのか。
 言葉で返事をすることはしなかったけれど、アフルは進路を変えて、まっすぐ北へ向かっていた。