蜘蛛の旋律・59
 野草の精神が、世界を支えきれなくなってきている。その影響は風景だけにとどまる訳じゃない。このままいったら、野草のキャラクター達だってだんだんおかしくなっていくかもしれないんだ。
「黒澤、オレに足を貸してくれ」
「自転車? 車?」
「できれば両方」
 免許は持ってないけど動かすことくらいならできる。ただしオートマに限るけど。
「駐車場は向かいのタバコ屋裏で46番にあるグレーのパルサー。アパート西の自転車置き場にマウンテンバイクがある。どっちもあと5年は乗るんだから壊さないでよ」
 そう言って黒澤は鍵をよこした。世界が壊れるって時に何をのんきなことを言っているんだろう。
「あと1つだけ教えてくれ。オレがさっき本屋の爺さんに襲われたの、あれは誰かが爺さんを操ってたってことなのか?」
「巳神はそう感じたんでしょ? だったらそれが真実なんだよ。巳神は今までの小説の流れと人生経験からその答えを導き出した。当然片桐信の行動も伏線になってる。読者が納得できるうちは、その答えで十分なんだよ。あんたは登場人物なんだからあんま小説のストーリーにまで口出さないでくれる?」
 なるほど、黒澤はいろいろ先のことも考えて伏線張りながら小説を書いているってことか。
 たぶん、オレがここまで自力で走らされたことにも、それなりの意味はあったんだ。
「判ったよ。基本方針は野草を捜す、これで間違いないんだな?」
「それがすべてだと言っても過言じゃない」
「判った。何とかしてやる」
 そう言って、オレは黒澤のアパートを出た。