蜘蛛の旋律・60
 暗闇の中の人影は、車の前に回るとうずくまるようにそこにいた。バンパーから約1メートルくらいのところだ。たぶん轢いてはいないはずだけど、その人は動く気配を見せなかった。
 すぐに駆け寄って助け起こす。どうやら気を失ってたらしいな。仰向けにさせると、直接あたるヘッドライトの眩しさを感じたのか、うめきながら身体を動かした。
「おい、大丈夫か?」
 目を開けて、それでオレはおそばせながら気がついたんだ。倒れていたのが、オレが最初に野草の病室で会って、そのあと病院近くの空中で誰かを追いかけていた様子を目撃した、あのアフルストーンであるということに。
「ああ、……油断した……」
「どうした? オレ、当てちまってたか?」
「……あれ? ……巳神君……?」
 アフルもオレの存在に気付いたようで、割にしっかりした動作で起き上がった。その様子で、どうやらオレも初の単独無免許運転でいきなり交通事故という、不名誉な記憶は残さずに済んだらしいことを知った。立ち上がった後、一瞬バランスが取れないようなふらつき方をしたけれど、本当に一瞬だけですぐに歩き出した。とりあえず、ヘッドライトが当たらない運転席のドアの前まで。
「いったい何があったんだ? ……少し前、空中で追いかけてたあれはなんだったんだ?」
「……見てたのかい? ぜんぜん気付かなかったけど」
「ちょうど野草の病院の上空だった。……あの子供はどうしたんだ?」
 アフルはすぐには答えなかった。