蜘蛛の旋律・51
 これがゲームなら、コンティニュー画面が出てYESを選ぶと、セーブポイントから再び始められたりするのだろう。
 だけど、ここは野草の下位世界で、黒澤弥生の小説の中で、オレにとっては現実だ。もしも他人の下位世界で死んだらどうなるのだろう。現実の世界でも死んでしまったりするのだろうか。
 オレにのしかかっていたシーラは、ゆっくりと身体を起こして、少し呆れた感じでそれでも微笑んで見せた。手に持っていた包丁を遠くに投げ捨てる。オレは自分の胸を見て、血の一滴も流れておらず、1つの怪我もないことを確認した。驚いてもう一度シーラを見上げると、彼女は、いたずらが成功した子供のような表情で、倒れたオレに手を差し伸べた。
「驚かせたね。とりあえずあたしは正常だから安心して」
 そう聞いて、オレは心の底からほっとしたと同時に、今更ながら心臓がバクバク鼓動しているのを感じた。立ち上がって、深呼吸をして、落ち着ける。シーラは正常なんだ。シーラは自我を持ったキャラクターだから、何かに操られてオレを襲ったりはしないんだ。
 だけど、それならなんで、シーラはこんなことをしたのだろう。
「シーラ、どうして」
 それしか言わなかったけど、オレが言いたいことは伝わったらしかった。
「巳神、勝負の基本は先制攻撃。相手に攻撃する隙を与えないことね。それと、攻撃には適正距離っていうのがあって、もちろん遠すぎてもダメだし、逆に近すぎてもダメなの。例えばパンチングマシーンでいい成績を出そうと思ったら、それほど近くない位置で打つでしょう? だから、あんまりケンカに自信がないんだったら、先制攻撃で胸に頭突きを食らわすのがいいの」
 そう、まくし立てながら、シーラはオレの胸に頭突きを食らわす仕草をした。そして、オレが返事を返す間もなく、再び続けた。
「ここまで懐に深く入られたら、相手はそう簡単には攻撃できないよ。もちろん慣れてる相手には効かないけどね。でも、少なくとも相手を驚かせることはできるはず。さっき、あたしが巳神を驚かせたみたいにね」
 どうやらシーラは、それをオレに教えるために、ああいう行動を取って見せたらしかった。