蜘蛛の旋律・48
 爆発で炎に包まれた古本屋。
 オレはシーラと黒澤に、ここが野草の下位世界であると証明されたけれど、たとえそうじゃなくてもこの本屋を見た瞬間に信じただろう。
 古本屋は、何事もなかったかのように、その場所にあった。
「てことは、シーラ、ここの爺さんはタケシと同じで、今は自我を持ってないんだな?」
「たぶんね。……ただ、この人は薫の小説の登場人物じゃないから、あたしにもはっきりしたことは判らないよ」
 シーラは、本屋が爆発した瞬間に、野草の下位世界と現実世界が分離したのだと言った。正確には野草が意識を失った瞬間、ということになるだろう。あの時、一緒に爆発に巻き込まれたはずのあの老人は、既に現場には存在しなかったんだ。だから病院に運ばれた形跡もなかったし、死体も発見されなかった。
 古本屋がここに無傷で存在するということは、老人だって無傷で存在するはずだ。野草の下位世界の人間はタケシもシーラも区別なく存在している。存在しているか否かは、自我を持ったか否かとは無関係なんだ。
 オレは覚悟を決めて、その本屋の入口をくぐった。うしろからシーラもついてきている。薄暗い店内の、正面のレジのところに、あの老人は座っていた。
 オレが近づいて行くと、ゆっくりと顔を上げ、眼鏡をそっと押し上げた。非現実的な不思議な気分。オレを見て何故かにやっと笑った。同じだった。数時間前にオレがここを訪れたときと、まったく同じように老人は行動しているのだ。
「本をお求めかね?」
 同じセリフを言った老人に、オレは必死になってあのときの会話を思い出そうとした。確かあの時オレは ――
「ええ、そうです」
「じゃあ、これを持っていくといい」
 そして、老人が言ったセリフがその時のものとは違うことにオレが気付いた瞬間、老人はいきなり立ち上がって、手に持っていた包丁を振り上げてオレに襲い掛かってきたのだ!