蜘蛛の旋律・47
「巳神、ここにこうしてても仕方ないよ。あたしは薫を探しに行く。巳神はどうする?」
 シーラはもしかしたら、オレに失望しかけてるのかもしれない。いつもシーラの隣にいたのはタケシで、タケシはオレよりもずっと冷静で有能だったから、それと比べればオレはずいぶん頼りなく思えたことだろう。だけど、オレだって黒澤に召喚された勇者なんだ。シーラに失望されるのは悔しかったし、タケシよりも劣ると思われるのは無性に腹が立った。
 肉体的にはタケシにかなう訳がないけど、頭脳労働ならぜったいタケシには負けたくないんだ。
「オレはもう一度例の本屋に行ってみたいと思ってる。シーラは? つきあってくれる?」
 オレの言葉にシーラは子供のような笑顔を見せた。
「つきあうよ。巳神は足がないもんね。ここから本屋まで歩いたら20分近くかかりそうだし」
 果たしてシーラの信頼を繋ぎとめられたのかどうかは判らなかったけれど、オレたちはまたシーラの車で、野草が爆発事故に巻き込まれた、あの本屋に向かったのだ。
 本屋の周辺の道路は狭く、運転にあまり自信がないというシーラの言葉もあって、オレたちは手前の大通りに車を停めて歩いて本屋に向かった。
 ごちゃごちゃした本屋までの道のりをオレはあまり覚えてはいなかった。たぶん、野草が事故に遭ったショックで、前後の記憶が飛んじまったんだ。代わりにシーラが道案内をしてくれる。来たことがあるのかとのオレの問いに、シーラは答えた。
「この本屋も薫の下位世界が生み出したんだよ。たぶん薫自身は気付いてなかったと思うけどね。まだ中学生だった薫が、自分が欲しい本を何でも置いてくれる本屋を望んで、それで生まれたの。「蜘蛛の旋律」がここにあったのも、巳神が欲しいと思う本を、薫が望んだから。……気付いてなかったんだね」
 なるほど、それであの本屋の老人は、古本屋の主人をやるために生まれてきたような不思議な雰囲気があったのか。
 どうやら野草の古本屋に対するイメージは、オレ自身のイメージと多くの共通点を持っていたのだ。