蜘蛛の旋律・46
「さっき見た、あれは誰なんだ? 空中でアフルに追いかけられてたあいつは」
「はっきり見えなかったからあたしにも判らない。たぶん、今あたしが言ったうちの誰かだとは思うんだけど」
「野草本人てことは?」
「それはないよ。もしも薫だったら、どんな遠目だって、どれだけ姿形が変わってたって、ぜったい判ると思う」
 シーラの言うことが真実か否か、オレに確かめる術はない。だけど今のオレはシーラから情報を仕入れることしかできないんだ。もっと他のキャラクターとも話せたらいい。そうすれば、シーラの言葉の裏づけを取ることだってできるのだから。
 野草の長編小説には題名がついていないことが多い。シーラが言ったキャラの中で、オレが会っていないのは巫女と武士と葛城達也だ。
 まずは巫女に会いたいと思った。武士は必ず巫女と一緒にいる。『地這いの一族』という小説の中で、巫女は人の運命を過去も未来もすべて見通すことができるんだ。
 だけど、巫女と会うためには、オレはいったいどうすればいいだろう。
「なあ、シーラ、巫女は確か、仙台に住んでるんだよな」
 巫女の物語は、野草の小説にしては珍しく、舞台が関東じゃなかったんだよな。最初山口県から始まって、宮城県に飛んで、最後少し東京に来たあと宮城に戻って終わる。巫女が住んでいたのは最寄駅からバスで1時間、更に徒歩1時間もかかるような奥地だ。彼女はテレポテーションができるような超能力者ではなかったから、こちらに向かうとしてもおそらく自家用車で、急いでも4時間以上はかかるだろう。
「巫女に会いたいならこっちで動くことはないと思うよ。だって、巫女は人の運命を司っているんだから。必要だと思ったら、巫女の方から会いに来てくれると思う」
 シーラの指摘はもっともだった。オレは、そんなに簡単なことさえ見逃してしまっていたのだ。